町並み感動度ランキング
五個荘金堂の町並み(滋賀県東近江市)
五個荘金堂は農村集落ではありますが、江戸中期になると農業の傍ら行商に出る商人が現れ、江戸時代の後期には呉服や綿・絹製品を中心に全国各地に出店する豪商も現れるようになりました。五個荘金堂には現在も陣屋と寺院を中心に形成された農村集落に、近江商人の本宅群と伝統的な農家住宅が良く残されており、1998年には国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
祇園新橋の町並み(京都市東山区)
現在の八坂神社は、明治以前には「祇園社(ぎおんしゃ)」と呼ばれ、鴨川一帯に広がる広大な境内地を持っていたことから、この周辺は「祇園」と呼ばれるようになりました。祇園は、舞妓が行き交う花街としても広く知られ、格子戸が連なる町家の風情には、かつての優雅で格式ある雰囲気が感じられます。
岩国城下町と錦帯橋
岩国城下町は1600年 (慶長5年) に初代岩国藩主吉川広家が米子城から3万石で移封されたことに始まります。岩国城の麓には現在も当時の町割りや武家屋敷が残り、往時の姿を偲ぶことができます。また、錦川に架かる錦帯橋(1953年再建)は日本を代表する木造橋として岩国のシンボルとなっています。
角館の町並み(秋田県仙北市)
角館は中世以降の城下町ですが、1620年(元和6年)当時の城主芦名(あしな)氏が古城山北麓の城下町を現在地に移転し、火除けのための広場を中央に、その北側を内町(武士居住区)に南側を外町(町人居住区)とする町割を行ないました。角館には当時の町割は現在も残されており重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
ならまちの町並み(奈良県奈良市)
ならまちは奈良時代の元興寺や興福寺の旧境内地に、中世以降多くの人が住み始め、社寺とともに発展してきました。この地域には元興寺や興福寺などの寺院とともに、江戸時代から昭和初期の町家が数多く残されています。
岩村(岩村城下町)の町並み(岐阜県恵那市)
岩村は安土桃山時代から岩村川南側に街並みが形成され、江戸時代には岩村藩三万石の城下町として東濃地方の政治・経済・文化の中心として繁栄しました。全長約1.3kmの古い町並みには現在も当時の面影を残す商家やなまこ壁や枡形や町の中を流れる疎水などが保存されております。
嘉右衛門町の町並み(栃木県栃木市)
嘉右衛門新田村や平柳新地などの町は、「日光例幣使道」沿いにあり宿場町である栃木宿が近いことから商家や職人など家が建ち並ぶ集落が形成されていきました。江戸中期になると麻を扱う商家が多く進出し、江戸末期から明治期にかけて繁栄しました。
有田内山の町並み(佐賀県有田町)
江戸時代後期に各地で磁器生産が始まるまでは、国内で唯一、長期にわたって磁器を生産していたのが有田でした。「内山地区」と呼ばれる約2kmのエリアは江戸時代にはじまった磁器生産の中心地で、現在も江戸・明治・大正・昭和の各時代の町屋が軒を連ね有田焼の生産が行われています。
小田付の町並み(福島県喜多方市)
小田付(おたづき)は、1582年(天正10年)に町割が行われ、定期市が近村から移され大変賑わいました。また、酒や味噌、醤油の醸造業も盛んになり会津北方の交易の要衝として発展しました。現在においても、小田付には江戸時代までに整備された地割が残り、多様な土蔵が並ぶ景観が残されています。
出羽島の漁村集落(徳島県牟岐町)
出羽島は、徳島県牟岐港から3.7kmの沖合に浮かぶ島で、江戸後期から昭和前期にかけて、鰹漁を中心とした漁業で栄えた漁村集落です。島内には現在も幕末の建物を最古として、明治から昭和前期にかけての伝統的な建物が密集して残っており、2017年(平成29年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
杵築城下町の町並み(大分県杵築市)
杵築城下町では南北の高台に武家屋敷群があり、高台に挟まれるように商人の町があります。このような独特の町の造りから杵築城下町は「サンドイッチ型城下町」と呼ばれ杵築ならではの景観を創り出しています。
岩瀬の町並み(富山市東岩瀬町)
岩瀬は江戸時代後期から明治時代にかけては北前船の交易で栄え、五大家(馬場家、米田家、森家、畠山家、宮城家)を中心に廻船問屋が立ち並びました。1873年(明治6年)の大火により多くの建物が焼失しましたが、豊富な財力のよって岩瀬独自の「東岩瀬廻船問屋型」の家屋が再建され、岩瀬の町並みが形成されました。
加賀橋立の町並み(石川県加賀市)
加賀橋立は、江戸時代後期から明治時代にかけて大阪と北海道を往復した「北前船」の船主や船頭が多く居住した集落で、最盛期には100隻以上の北前船を擁していました。
塩田津の町並み(佐賀県嬉野市)
長崎街道の宿場町「塩田宿」と川港「塩田津」という二つの側面から栄えた塩田津には、江戸時代後期に火災や風水害に強い「居蔵家(いぐらや)」と呼ばれる白漆喰の大型町家が建てられるようになり重厚な町並みが形成されていきました。塩田津には居蔵造の町並みが現在も残り、2005(平成17)年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
美々津の町並み(宮崎県日向市)
美々津(みみつ)は、江戸時代に高鍋藩の重要な商業港として繁栄し、港から南に延びる三本の通りや、「ツキヌケ」と呼ばれる防火地が整備されました。現在でも、旧い敷地割や石畳とともに、江戸時代から明治時代にかけて建てられた歴史的な建物が数多く保存されており、1986年(昭和61年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました
若桜の町並み(鳥取県若桜町)
若桜の町は若桜鬼ヶ城の城下町として整備され、江戸初期に入り一国一城令によって廃城となった後は、城下町時代の町割街道を維持しながら宿場町として人と物資の交易で発展しました。現在においても、本通り沿いや蔵通り沿いに歴史的な景観がよく残されているおり、2021年(令和3年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
郡上八幡の町並み(岐阜県郡上市)
清冽な水と郡上おどりで有名な郡上八幡は戦国時代の末期築かれた八幡城の城下町として発展してきました。1652年(承応元年)の大火で町はほぼ全焼し、その後防火目的で町に水路が張り巡らされました。
法隆寺周辺の町並み(奈良県奈良市)
法隆寺は7世紀に創建された世界最古の木造建築物群ですが、その周辺にも法隆寺を中心に大工集団の本拠地として栄えた「西里」、大坂と奈良を結ぶ街道として栄えた「奈良街道」や法隆寺と当麻寺を結ぶ信仰の道として栄えた「当麻街道」などに古い町並みが残されています。
飛騨金山の町並み(岐阜県下呂市)
金山は、江戸時代に馬瀬川を境として飛騨国と美濃国が接する交通の要衝であり、飛騨街道「金山宿」は飛騨の玄関口として多くの旅人や商人で賑わいました。その繁栄は昭和40年代まで続き、現在においてもその名残が色濃く残されています。表通りから一歩路地へ入ると、筋骨と呼ばれる細い路地が複雑に張り巡らされており、「筋骨めぐり」として散策を楽しむことができます。
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