赤坂宿の町並み(岐阜県大垣市)
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町並み保存度
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旧中山道沿いに古くからの町屋が点在しています。矢橋家住宅や旧清水家住宅など見応えがある建築も残されています。
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町並みの規模
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約900メートル(8町30間)の宿場町ですが、現在、古い町並みが残る範囲はそれほど大きくありません。
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観光魅力度
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旧中山道沿いには宿場町の面影が残り、かつての船着き場であった赤坂湊跡などもあり、散策を楽しめます。
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赤坂宿は、中山道で江戸から数えて56番目の宿場町で、美江寺宿と垂井宿の間の宿駅として栄えました。
東西に延びる町筋には、本陣や脇本陣、17軒の旅籠、商家などが軒を連ね、1843年(天保14年)には、宿場内に292軒の町家が建ち並んでいたとされています。
明治時代には、杭瀬川を利用した舟運が盛んになり、赤坂宿の東端にあった赤坂港は、物資の輸送拠点として重要な役割を果たしました。
現在も赤坂宿には往時の繁栄を今に伝える古い建物や数多くの史跡が残り、宿場町の面影を感じることができます。
赤坂宿の町並み(岐阜県大垣市)
赤坂宿の旧中山道沿いの町並み
赤坂宿は、中山道六十九次の56番目の宿場町として栄え、本陣や脇本陣、17軒の旅籠、商家などが軒を連ねていました。
現在も矢橋家住宅や旧清水家住宅などの歴史的な建物が残り、宿場町として栄えた赤坂の風情を今に伝えています。
矢橋家住宅
矢橋家住宅は、中山道に面して建つ、赤坂宿を代表する大きな町家です。主屋は1833年(天保4年)に建てられたとされ、江戸時代末期の商家の特徴をよく残しています。大きな瓦屋根と低い2階が特徴で、正面には黒漆喰の壁や千本格子の窓が施されています。
旧清水家住宅
旧清水家住宅の主屋は1730年(享保15年)または1775年(安永4年)に建てられたと伝えられています。低い軒が特徴の2階建ての建物で、坪庭の北側には1880年(明治13年)に建てられた土蔵も残っています。
赤坂港会館
望楼付き木造2階建ての擬洋風建築の赤坂港会館は、明治8年(1875年)に建てられた旧警察屯所の外観を復元したものです。
赤坂湊跡
明治時代には、杭瀬川を利用した舟運が盛んになり、赤坂宿の東端にあった赤坂港は、物資の輸送拠点として重要な役割を果たしました。赤坂宿にはかつての船着き場、赤坂湊跡が残っています。
大理石工場
赤坂は、金生山で採れる石灰岩や大理石を利用した産業でも発展しました。石灰は江戸時代から肥料などに利用され、大理石加工は江戸時代末期から盛んになり、明治時代には洋風建築の装飾材として使われました。
将軍家専用の宿泊施設であったお茶屋屋敷
将軍家専用の宿泊施設であったお茶屋屋敷は1605年(慶長10年)に完成し、徳川家康や秀忠らも宿泊したと伝えられています。約170m四方の敷地の中央に御殿を置き、周囲に建物を配置した大規模な施設だったと考えられています。現在は数多くのボタンが植えられ、東海有数のボタン園として、開花期間中に一般開放されています。
アクセス
【電車でのアクセス】
JR東海道本線美濃赤坂駅から徒歩10分
【車でのアクセス】
下の地図の場所の赤坂地区センター駐車場(無料)を利用できます。
訪問日:2026年7月
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