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亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)


2026年9月18日
古い町並み , 秋田県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★60

町並み保存度
★★★★★
★★★★★50
城下町の面影を残す町割り、古い町家や歴史的な建物などが町の至る所に残されています。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★60
小さい町ではありますが、趣のある町並みが町の全域に広がっています。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★70
閑静な風情ある古い町並みや亀田城跡の散策だけでなく、「天鷺村」では茅葺き屋根の武家屋敷や農家の建物などを見学することができ、見応えのある施設になっています。

由利本荘市の亀田は、江戸時代に岩城氏が治めた亀田藩の城下町です。

1623年(元和9年)、岩城吉隆が信濃国川中島から2万石で亀田に入部し、亀田藩が成立しました。
吉隆は高城山の北側に藩の政庁や殿舎を整備し、これを「亀田陣屋」として、陣屋を中心とした城下町の整備を進めました。現在「亀田城」と呼ばれるようになったのは、幕末の1852年(嘉永5年)からです。
城下町は、陣屋を中心に武士が暮らす侍町や足軽町、その外側に商人や職人が暮らす町人町が配置されました。

現在も、大町、肴町、大工町などの町名が存在し、当時の職業や町の役割が今も残されています。
亀田の町を歩くと、古い町家や歴史的な建物、城下町らしい町名などに、江戸時代の面影を見ることができます。


目次

亀田城下町の町並み


亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)
由利本荘市の亀田は、江戸時代に岩城氏が治めた亀田藩の城下町です。

亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)
1623年(元和9年)、岩城吉隆が信濃国川中島から2万石で亀田に入部し、亀田藩が成立すると、陣屋を中心とした城下町を整備しました。

亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)
城下町は、陣屋を中心に武士が暮らす侍町や足軽町、その外側に商人や職人が暮らす町人町が配置されました。

亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)
現在の亀田の町にも城下町の面影を残す町割り、古い町家や歴史的な建物などが町の至る所に残されています。

亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)
小さい町ではありますが、趣のある町並みが町の全域に広がっており、閑静で風情のある町の散策を楽しめます。

亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)

商家・佐々木利三郎家住宅


佐々木利三郎家住宅|亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)
佐々木利三郎家は、明治から大正時代にかけて呉服商や米穀業を営んでいた商家でした。現在も残る主屋は、店舗と住居を兼ねた建物で、明治時代に当主の佐々木利三郎(天保10年〜明治27年)が数年をかけて建てたものです。

天鷺村


「天鷺村」は、2万石の亀田藩の歴史や文化を紹介する観光施設です。敷地内には岩城歴史民俗資料館をはじめ、移築された武家屋敷や農家などの歴史的な建物があり、亀田の城下町や人々の暮らしを知ることができます。これらの施設は無料で見学することができます。


亀田城模擬天守・天鷺城(あまさぎじょう)


天鷺城(あまさぎじょう)
天鷺城(あまさぎじょう)
天鷺城は、天鷺村内にある、亀田藩の城下町を象徴する模擬天守(亀田城模擬天守)です。史実の亀田城(亀田陣屋)とは異なりますが、高さ20メートルの天守閣からは亀田の街並みが一望できます。

佐々木家(肝煎の家)


佐々木家(肝煎の家)
佐々木家は、江戸時代後期の農家の様式をよく残した民家です。日本海側の地域に多く見られる「片中門造り」という特徴的な造りで、泉田から現在の場所へ移築されました。

佐々木家
佐々木家は、慶長年間(1596〜1615年)に加賀国から移住してきたと伝えられています。その後、文政年間(1818〜1830年)に泉田で分家し、3代にわたって肝煎(きもいり)を務めました。

武家屋敷 遠藤家(旧亀田藩士松村家)


武家屋敷 遠藤家(旧亀田藩士松村家)
松村家は、代々「大坪流」の馬術師範として亀田藩主・岩城氏に仕えた武家です。元文4年(1739年)には28石余、嘉永4年(1851年)には10人扶持の禄高を与えられていました。

武家屋敷 遠藤家(旧亀田藩士松村家)
この建物は、1943年(昭和18年)以降は遠藤家の所有となっていましたが、昭和54年(1979年)に旧岩城町が譲り受け、愛宕町字徒士町から現在の場所へ移築しました。

武家屋敷 鵜沼家


武家屋敷 鵜沼家
鵜沼家は、1623年(元和9年)に岩城氏が亀田藩を開いて以来、14代にわたって続く旧家です。代々、亀田藩主・岩城氏の家臣を務め、学者や家老、俳諧の宗匠など、多くの人物を輩出しました。禄高は50石でした。

武家屋敷 鵜沼家
現在の屋敷は、松村家とともに徒士町から現在の場所へ移築されたもので、一部に改造が加えられています。建物は一般的な武家住宅の形式を残しており、江戸時代末期頃に建てられたものと考えられています。

鎌田家(御抱え鍛冶)


鎌田家(御抱え鍛冶)
鎌田家は、由利十二頭の赤宇津時代から代々、鍛冶を家業としてきた旧家です。鎌田家が亀田藩の「御抱え鍛冶」となったのは、初代藩主・岩城吉隆の時代からとされています。鎌田家は「どんぶり鍛冶」の愛称で呼ばれ、代々、藩主に仕える鍛冶職として四人扶持を与えられていました。現在の建物は鍛冶町から移築されたもので、もとは茅葺き屋根でしたが、現在は銅板葺きに改修されています。

亀田城(亀田陣屋)の門


亀田城(亀田陣屋)の門
城絵図をもとに復元された立派な模擬大手門(櫓門)があります。亀田城佐藤八十八美術館の入口や敷地のエントランスとなっています。

アクセス


【電車・バスでのアクセス】
JR羽越本線「羽後亀田駅」から由利本荘市コミュニティバス「亀田出張所行き」に乗車し、終点の「亀田出張所」で下車。所要時間は約10分です。
※コミュニティバスは土曜・日曜・祝日などは運休するため、利用の際は最新の時刻表をご確認ください。

※JR羽越本線「羽後亀田駅」から徒歩の場合は約32分です。

【車でのアクセス】
日本海東北自動車道「松ヶ崎亀田IC」から約5分
下の地図の場所の岩城歴史民俗資料館の前に無料の駐車スペースがあります。亀田城跡にも無料の駐車場があります。





訪問日:2026年9月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、亀田城下町の町並み(秋田県由利本荘市)についての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


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