日本の古い町並み

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「古旅」(ふるたび)では、街道や宿場町、城下町を中心に日本の古くて懐かしい雰囲気のある町並みに関する情報を紹介してます。保存度・規模などの観点からランキング形式で掲載しておりますが、すべてお勧めできる町並みばかりをピックアップしています。
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赤泊の町並み(新潟県佐渡市)
佐渡の南にある港町、赤泊は、本州に近い場所にあるため、昔から佐渡の南の玄関口として栄えてきた港町です。住民は早くから漁業や回船業に携わり、特に北海道へ渡ってニシン漁などに従事する「松前稼ぎ」で生計を立てていました。今も赤泊には、かつての繁栄を感じさせる町並みが静かに残っています。
松ヶ崎の町並み(新潟県佐渡市)
松ヶ崎は、奈良時代から続く佐渡でも歴史の古い湊町で、古代には北陸道の「松ヶ崎駅」が置かれ、佐渡の表玄関として栄えました。江戸時代には海運や北海道交易で富を築いた人々が多く、明治初期ごろまで番所が置かれ、海上交通の要所として大いに賑わいました。現在のおいても当時の宿場町を思わせる家並みを見ることができます。
相川の町並み(新潟県佐渡市)
1601年に最初の鉱山集落「上相川」ができ、1603年には佐渡奉行となった大久保長安が上町を中心に計画的な町づくりを進めました。続いて、海を埋め立てた土地を利用し、寛永年間(1624〜1643年)には「下町」も整備され、表通りと裏通りを持つ市街地が形成されました。
小木町の町並み(新潟県佐渡市)
佐渡島の南端に位置し古くから港町として発展してきた小木は、江戸時代には、佐渡金山の金や銀を運ぶ重要な拠点となり、また風待ち港としても賑わい、佐渡の主要な玄関口として栄えました。市街地には、現在においても1904年の大火後に再建された建物が多く残り、当時の町の姿を今につたえています。
宿根木の町並み(新潟県佐渡市)
小木港が幕府公認の北前船の寄港地となると宿根木の廻船は全国各地を行き来するようになりました。明治維新のあと、蝦夷地との往来が盛んになり、宿根木は寄港地としてさらに重要な役割を果たすようになり、船主や船乗りをはじめ、廻船業に関わる多くの人々が暮らすようになり、入り江の奥の狭い谷間には、2階建ての家々がびっしりと並ぶ独特の町並みが形成されました。
犬山城下町の町並み(愛知県犬山市)
犬山城下町は、犬山城の築城に伴って整備されたもので、町の中央には町人町を置き、それを囲むように侍町を配置し、城下町の外周を堀や土塁で囲む「総構え」の構造によって、防御機能を備えていました。現在も江戸時代の町割りがそのまま残り、往時の面影を色濃く残す町並みを楽しむことができます。
東海道・由比宿(静岡市清水区)
由比宿は、東海道五十三次の16番目の宿場町で、薩埵峠(さったとうげ)の東麓に位置しています。当時の由比宿には本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠32軒があり、静岡県内の宿場の中では最も小さな規模でしたが、現在も往時の面影を残す町並みが残っています。
東海道・島田宿(静岡県島田市)
1601年(慶長6年)の東海道の整備に伴い、大井川の東西に位置する島田宿と金谷宿も宿場として指定されました。しかし大井川では、橋を架けることも渡し船を使うことも禁じられ、人も荷物もすべて「歩行越し」で渡るよう定められていました。
東海道・二川宿(愛知県豊橋市)
二川宿は、1601年(慶長6年)の東海道整備とともに設けられ、当初は二川村と大岩村の2つの村で宿場業務を担っていました。1644年(正保元年)に江戸幕府が両村を移転させ、二川宿と加宿大岩町となり、東海道五十三次の33番目の宿駅として業務を行いました。
勝山の町並み(岡山県真庭市)
1764年(明和元年)に勝山を治めることになった三浦明次は城を整備して「勝山城」と名付け城下町を整え、美作勝山藩2万3千石の城下町として発展させました。現在においても街道沿いには白壁に格子窓、なまこ壁の収蔵庫、旭川には高瀬舟の発着場跡など、当時の雰囲気を残す町並が残り、岡山県指定町並保存地区となっています。