古い町並み
竹田の町並み(大分県竹田市)
竹田は1594年(文禄3年)に岡城に入った中川秀成によって整備された城下町です。現在も町のいたるところに土塀と漆喰壁の風情ある町並みが残されていて、岡藩時代の名残を感じることができます。
増田の町並み(秋田県横手市)
増田は手倉街道と小安街道が交わる交通の要衝であったため、秋田藩南部の物資の流通拠点として発展しました。増田町には現在も、伝統的な町並みや増田の町並みを特徴づける「内蔵」が多く残されており、2013年(平成25年)に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
川原町の町並み(岐阜県岐阜市)
川原町は、江戸時代から長良川の重要な港町として栄えてきました。奥美濃から運ばれてきた木材や美濃和紙がここで陸揚げされ、それらを扱う問屋町として発展しました。この地域は奇跡的に戦時中の岐阜空襲を免れたため、現在も格子戸のある家や、間口が狭く奥行きの長い昔ながらの町家が数多く残っています。
秋月城下町の町並み(福岡県朝倉市)
中世、この地は古処山城を拠点とする秋月氏が支配していましたが、江戸時代に入ると福岡藩黒田家の支藩として江戸時代を通じて城下町として繁栄しました。現在も秋月地区には江戸時代の地割や武家屋敷、町家などの伝統的建造物が良好に保存されており歴史的景観を形成しています。
今庄宿の町並み(福井県南越前町)
古くから交通の要衝として栄えた今庄は、江戸時代を通じて越前で最も繁栄した宿場町でした。天保年間(1830〜1844年)には、約290軒の家屋に1300人以上が暮らしていたとされています。現在においても今庄には、往時の町割りや短冊型の屋敷割が程度良く残されており、2021年(令和3年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
御坊の町並み(和歌山県御坊市)
御坊の町並みは日高御坊(現在の「日高別院」)を中心に寺内町として形成されていきました。江戸時代になると各地の特産物を扱う問屋や旅籠など軒を連ね大変賑わったと言われています。現在においても江戸時代から昭和までそれぞれの時代の面影を町のいたるところで見ることができます。
犬山城下町の町並み(愛知県犬山市)
犬山城下町は、犬山城の築城に伴って整備されたもので、町の中央には町人町を置き、それを囲むように侍町を配置し、城下町の外周を堀や土塁で囲む「総構え」の構造によって、防御機能を備えていました。現在も江戸時代の町割りがそのまま残り、往時の面影を色濃く残す町並みを楽しむことができます。
温泉津の町並み(島根県大田市)
古くから温泉地として知られる温泉津は、石見銀山への物資供給の港町として発展し、江戸時代には北前船の寄港地として繁栄しました。現在も当時の町割りや町屋などの建物が残り、風情ある昭和の温泉旅館と共存しています。2004年(平成16年)には温泉地としては唯一の国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
有松の町並み(愛知県名古屋市)
1608年(慶長13年)に東海道の鳴海宿と池鯉鮒(ちりゅう)宿の中間に開かれた有松では、旅人の土産として考案された有松絞りの生産とともに発展しました。現在も東海道沿いには、豪壮な絞商の屋敷など伝統的な建物が良好な状態で保存されており、重要伝統的建造物群も選定されています。
平戸の町並み(長崎県平戸市)
1550年(天文19年)にポルトガル船が来航して以来、平戸は南蛮貿易のための港として機能するようになりました。その後イスパニアやオランダ、イギリスの船も来航するなど、西洋諸国との交流により発展していきました。鎖国政策とともに平戸港における南蛮貿易は終わりますが、その後も平戸藩の城下町として栄えました。
福島宿(長野県木曽町)
福島宿は中山道37番目の宿場で、関所が設けられ、木曽谷の中心地として古くから栄えました。上の段地区(江戸小路エリア)を中心に古い家並みが残っており福島宿の面影を残しています。福島宿には4大関所の一つといわれた関所があり、入鉄砲出女を厳しく取り締まったことで知られています。
福住の町並み(兵庫県丹波篠山市)
江戸時代から交通の要所として発展してきたこの地域では、宿場町として栄えた福住と、農村集落である川原・安口・西野々の町並みが、1本の街道沿いに連続して続いており、全国的にも貴重な歴史的景観を残しています。
八女市黒木の町並み(福岡県八女市)
八女市黒木町は、中世の猫尾城の城下町として整備されました。1615年(元和元年)の一国一城令により猫尾城は廃城となりますが、その後は久留米藩の在郷町として発展を続けました。この地区には、現在も当時の町割や伝統的な建造物が現在も残されており、2009年(平成21年)には重要伝統的建造物群に選定されました。
白馬村青鬼の山村集落(長野県白馬村)
青鬼(あおに)地区は白馬村の山深い場所にあり、小さな集落内の民家のほとんどが江戸時代後期から明治時代後期に渡って建てられた伝統的民家です。また集落の奥には大規模な棚田があり、伝統的な集落と棚田が良く残されていることから、2000年(平成12年)には重要伝統的建造物群に選定されました。
貞光の町並み(徳島県つるぎ町)
美馬市の脇町のうだつの町並みとは違い、珍しい町屋文化の二層うだつを備えた特徴的な建物が続いています。町並みエリアはそれほど大きくありませんが、脇町に比べて観光客も少なくゆっくりと散策を楽しめます。
大洲の町並み(愛媛県大洲市)
江戸時代から明治時代にかけての町割が残る通りには武家屋敷と商家が通りを挟んで建ち並んでいます。白壁や土壁の土蔵が残る「おはなはん通り」や肱川 のほとりにある臥龍山荘、大洲城など見どころたくさんです。
大屋町大杉の養蚕集落(兵庫県養父市)
明治後期以降、養蚕の近代化とともに発達したこの地域に多く見られる三階建の養蚕住宅は非常に珍しいもので、なかでも大杉地区においては主屋27棟のうち12棟が三階建の養蚕住宅で養蚕業最盛期の姿を今に伝えています。
村田の蔵の町並み(宮城県村田市)
江戸時代、村田商人にとって紅花は代表的な商品で、上方や江戸の商人と盛んに取引をしていました。上方には主に山形を経由して北前船で運び、帰りの船に様々な物資が積み込まれ村田にもたらされており、建築様式も上方の影響を受けています。村田町村田伝統的建造物群保存地区に指定されている本町(もとまち)、荒町(あらまち)などに、江戸から明治・大正の建築がそのまま保存されており、往時の面影を偲ぶことができます。
赤泊の町並み(新潟県佐渡市)
佐渡の南にある港町、赤泊は、本州に近い場所にあるため、昔から佐渡の南の玄関口として栄えてきた港町です。住民は早くから漁業や回船業に携わり、特に北海道へ渡ってニシン漁などに従事する「松前稼ぎ」で生計を立てていました。今も赤泊には、かつての繁栄を感じさせる町並みが静かに残っています。
赤岩集落(群馬県中之条町)
赤岩集落(群馬県中之条町六合地区)は、幕末から1965年(昭和40年)頃まで養蚕業が盛んに行われてきました。現在も幕末から明治時代にかけて建てられた養蚕農家の建物が良好に残されており、2006年(平成18年)に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。
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