古旅 日本の古い町並み

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白市の町並み(広島県東広島市)


2026年2月5日
古い町並み , 広島県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★63

町並み保存度
★★★★★
★★★★★80
南北と東西の主要道路に沿って、見応えのある伝統的な瓦葺きの町並みを見ることができます。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★50
古い町並みが残るのはごく小さい範囲に限られますが、南北と東西の道沿いの町並みは見応えがあります。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★60
現在は静かな集落といった雰囲気の町ですが、町並みの雰囲気は素晴らしく一見の価値があります。

白市は、戦国時代に白市城が築かれたことをきっかけに発展した町と考えられています。江戸時代には、広島藩(芸州浅野藩)南部のほぼ中央に位置し、交通の要衝であったことから、藩内最大規模の牛馬市が開かれていました。最盛期には、1日に500頭を超える牛や馬が集まり、大変な賑わいを見せたといわれています。

町には酒造業や瀬戸内海沿岸の塩田を営む豪商も現れ、国の重要文化財に指定されている旧木原家住宅をはじめ、当時の繁栄を伝える町並みが今も残されています。

また、幕末頃からは鋳物業も盛んになり、鍋や釜、梵鐘などが数多く作られました。なかでも、厳島神社に寄進された高舞台正面の青銅製大燈籠は、白市の鋳物師たちの技術を結集した最高傑作として知られています。


目次

城下町を起源とし交通の要衝として栄えた白市の町並み


白市の町並み


白市の町並み(広島県東広島市)
戦国時代に白市城が築かれたことをきっかけに発展した白市は、交通の要衝であったことから、江戸時代には藩内最大規模の牛馬市が開かれるなど大変栄ました。

白市の町並み(広島県東広島市)
牛馬市の最盛期には500頭もの牛馬が集まりにぎわったと言われています。

白市の町並み(広島県東広島市)
町並みは南北と東西の主要道路沿いに広がり、伝統的な瓦葺きの町家が立ち並びます。

木原家住宅(国指定重要文化財)


木原家住宅(国指定重要文化財)
江戸時代初期に建てられた商家で、鬼瓦には「寛文5年」(1665年)の刻銘が残っています。瀬戸内沿岸地域でも特に古い建物の一つとして、国の重要文化財に指定されています。

木原家住宅(国指定重要文化財)
大人:150円で内部の見学が可能です。

伊原惣十郎家


伊原惣十郎家
明治時代の特徴をよく残した、重厚で堂々とした町家です。町家が大型化していく様子を示す、貴重な建築例とされています。かつては、裏手の小高い場所に炉を設け、鋳物製造業を家業として営んでいました。

大藤家住宅


大藤家住宅・白市の町並み(広島県東広島市)
大正年間に焼酎製造を始めて財を成し、昭和初期に現在の主屋が建てられました。大正末から昭和初期の時代性をよく伝える建築であり、白市において醸造業者の住居と生産設備の両方が残る貴重な例となっています。

大藤家住宅
大藤家住宅は、本町の南端、下市との境を流れる西の川通りに面した町家です。かつて5月に開かれていた大市では、住宅前の出店で販売された味醂粕が白市の名物として親しまれたと伝えられています。

養国寺


養国寺・白市の町並み(広島県東広島市)
もとは真言宗の寺院で、元暦年間(1184年〜)の創建と伝えられています。天正年間(16世紀後半)に浄土真宗白龍山養国寺と改称され、現在に至ります。本堂と鐘楼門はいずれも江戸時代の建物で、本堂の廊下には、近隣ではほとんど例のない浮き彫りの鴨居が残されています。

西福寺


西福寺・白市の町並み(広島県東広島市)
もとは安芸国賀茂郡溝口村にあった大福寺(12世紀創建)で、1585(天正13年)、当時の住僧・西蓮法師によって現在地へ移されました。その際、寺名の一字をとって西福寺と改められました。境内には、江戸時代の年号が刻まれた石灯籠などが点在しています。

アクセス


【電車でのアクセス】
山陽本線JR白市駅から徒歩約25分
【車でのアクセス】
下の地図の場所の白市探訪駐車場(無料)を利用できます。





訪問日:2025年12月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、白市の町並みについての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


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