古旅 日本の古い町並み

増田の町並み(秋田県横手市)


2024年6月19日  古い町並み , 重要伝統的建造物群保存地区 , 秋田県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★73

町並み保存度
★★★★★
★★★★★70
子安街道に沿って並ぶ商家の町並みは素晴らしい景観です。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★65
伝統的な町並みが続く範囲はそれほど大きくありません。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★85
他では見られない「内蔵」は一見の価値があります。外観からはわからない部分ですが、内部を見学するとその造りに驚かされます。佐藤又六家(有料)、蔵の駅、漆蔵資料館などで見学可能です。

増田地区は貞治年間(1362年〜1368年)に小笠原氏によって増田城が築かれたことに始まり、そのころの城下町が今日の町割の元となっています。
また、増田は手倉街道と小安街道が交わる交通の要衝であったため、1643年(寛永20年)には現在まで伝わる藩公認の増田の朝市が始まるなど、秋田藩南部の物資の流通拠点として発展しました。
明治に入っても生糸や繭、葉タバコなどの商取引で発展し、1895年(明治28年)の増田銀行の設立を契機に増田水力電気会社をはじめとする多くの会社組織が成立しました。

増田町には現在も、往時の繁栄を今に伝える伝統的な町並みや増田の町並みを特徴づける「内蔵」が多く残されており、2013年(平成25年)には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。


目次

「内蔵」のある商家が建ち並ぶ増田の町並み


増田の町並み(秋田県横手市)
子安街道に沿って並ぶ商家の町並みは素晴らしい景観です。増田は手倉街道と小安街道が交わる交通の要衝として発展しました。

増田の町並み

下夕堰(下関)
下夕堰(下関)
下夕堰(下関)は町の中心部を東西に流れる用水堰で、約2.4km離れた真人山南麓の成瀬川より取水されています。佐竹氏が秋田に入部する1602年よりも前に造られた農業用の水路です。

山吉肥料店


山吉肥料店
山吉肥料店
明治中期に建築された建物で、建物内の内蔵は増田の土蔵文化の終盤期である昭和前期の建造といわれています。

佐藤又六家


佐藤又六家
佐藤又六家
佐藤又六家は江戸時代から続く旧家で、地域の名士の家柄で、1895年(明治28年)の増田銀行設立の際の発起人の一人であり取締役を務めました。建物の外見は大きな切り妻屋根の商家ですが、奥行き120mの建物の内には重厚な土蔵があります。訪問時は有料(1人300円)で、内部を案内して頂きました。

増田観光物産センター「蔵の駅」


増田観光物産センター「蔵の駅」
増田観光物産センター「蔵の駅」
増田中町で金物業を営んでいた石田家の建物で、現在は増田観光物産センター「蔵の駅」として利用されています。店舗の奥は一般公開しており、増田地区の典型的な商家を見学できます。

蔵の駅(石田家)の内蔵
蔵の駅(石田家)の内蔵
増田地区の内蔵の多くは当主などの居室されており、収納庫として使用される他の地域の土蔵と大きく異なる点となっています。正面の扉には欄間のような細工が施された鞘飾りで覆われているのが特徴です

漆蔵資料館


漆蔵資料館
漆蔵資料館
漆蔵資料館は、増田の大地主であった小泉五兵衛の旧宅で、小泉家は江戸時代末期より八代続きました。この蔵は明治から大正にかけて原材料の吟味に8年、材料に8年、工事に8年、計24年の歳月をかけて1921年(大正10年)に完成しました。現在は資料館として一般公開されています。

漆蔵資料館
最上級の職人の技の粋を結集して造られた漆塗りの芸術品です。

漆蔵資料館
正面と背面には扉があり開放することができます。

アクセス


【電車でのアクセス】
JR十文字駅より羽後交通バスで約10分:「稲庭」または「入道」または「草の台」行きのバスの乗車し、「増田蔵の駅」もしくは「四ツ谷角」下車。
【車でのアクセス】
下の地図の場所に無料駐車場(増田の町並み案内所「ほたる」)があります。
※JR十文字駅よりタクシーで約10分。



訪問日:2023年7月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、増田の町並みについての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。




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