古旅 日本の古い町並み

秋月城下町の町並み(福岡県朝倉市)


2024年12月11日  古い町並み , 重要伝統的建造物群保存地区 , 福岡県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★73

町並み保存度
★★★★★
★★★★★70
秋月城跡をはじめ、江戸時代の地割や武家屋敷や町家などの伝統的建造物がまとまって残されており見ごたえがあります。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★80
秋月城跡、武家屋敷群、多くの町家が建ち並ぶ秋月街道など、広範囲にわたって伝統的な建造物群を見ることができます。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★70
秋月城跡や武家屋敷や町家が集まるエリアは風情があります。特に桜や紅葉の季節は多くの観光客で賑わいます。

中世、この地は古処山城を拠点とする秋月氏が支配し、1587年(天正15年)の移封までその統治が続きました。
その後、1623年(元和9年)には福岡藩黒田家の支藩として黒田長興に5万石が分与され、江戸時代を通じて城下町として繁栄しました。

明治時代になると秋月藩は廃止されましたが、秋月地区には江戸時代の地割や武家屋敷、町家、社寺建築などの伝統的建造物が良好に保存されており、周囲の自然と調和した豊かな歴史的景観を形成しています。これらの価値が評価され、1998年(平成10年)には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。


目次

秋月城跡


秋月城跡 杉の馬場
秋月城跡 杉の馬場
城跡は県指定史跡、黒門と長屋門は県指定有形文化財に指定されています。

秋月城跡
長い土塀が続く秋月城跡の杉の馬場は桜の名所としても知られています。

瓦坂
瓦坂
秋月城の正面に至る坂は瓦坂と呼ばれています。土砂の流れを防ぐため瓦が敷き詰められています。

秋月城本門(黒門)
秋月城本門(黒門)
秋月城本門は、もともと中世に秋月氏の古処山城の裏門(搦手門)として使われていたものです。1623年(元和9年)、黒田長政の三男・長興が秋月藩を立てた際に、秋月城の表門となりました。1880年(明治13年)には、秋月藩初代藩主の黒田長興を祀る垂裕神社の参道に移築され、現在は神門として残っています。桜や紅葉の季節には観光客で賑わいます。

秋月城下町の武家屋敷


久野邸
久野邸
久野邸は、秋月に残る貴重な武家屋敷の一つです。久野家の邸宅として使われていましたが、20世紀後半に荒廃し、久光製薬が買収して2009年に一般公開されました。玄関や客室、庭園、納屋などを通して、当時の武士の暮らしを知ることができます。

秋月上級武士の武家屋敷 旧田代家住宅
秋月上級武士の武家屋敷 旧田代家住宅
秋月城下町に残る田代家の武家屋敷は、主屋、門、土蔵、土塀、庭園を備えた大規模な屋敷です。田代家は、1623年の秋月藩成立時に初代藩主黒田長興の家老として田代外記が仕えたことに始まり、1684年までその職務を担いました。この屋敷は1806年に現在の場所に移され、1814年に焼失しましたが、翌年には再建されたとされています。

野鳥川(禽川)
野鳥川(禽川)

秋月城下町の町屋地区


秋月城下町の町並み(福岡県朝倉市)
秋月街道沿いを中心に多くの町家が建ち並んでいます。町家と周囲の自然が調和した歴史的景観を形成しています。

秋月の町並み(福岡県朝倉市)
秋月の町屋は妻入り切妻屋根が多いようですが、平入り屋根も混在しています。

秋月の町並み

眼鏡橋


眼鏡橋
眼鏡橋
この橋は、秋月藩が長崎警備を務めたことをきっかけに、1810年(文化7年)に完成しました。郡奉行の江崎半右衛門が指揮し、長崎から招かれた石工たちが築いたものです。

アクセス


【電車でのアクセス】
JR鹿児島本線「基山駅」より甘木鉄道に乗り換え終点「甘木駅」で下車、甘木観光バス秋月線で約20分、「博物館前」下車
【車でのアクセス】
下の地図の場所に秋月公営駐車場(有料:車・1日400円、バイク・1日200円)があります。



訪問日:2024年12月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、秋月城下町についての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。




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