古い町並み
桐生新町の町並み(群馬県桐生市)
桐生新町は江戸時代から絹市が開かれるなど市場町として栄え、飛紗綾(とびざや)と呼ばれる絹織物の生産が盛んに行われました。新町で開かれる絹市は「紗綾市(さやいち)」と呼ばれ大変繁栄しました。現在においても桐生新町にには町屋や土蔵、鋸屋根の織物工場などの建造物が残されており、2012年(平成24年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
一身田・寺内町の町並み(三重県津市)
一身田・寺内町は、戦火に備え、真宗高田派の本山である専修寺を中心に堀で囲んだ防御的な自治集落です。専修寺の周囲には末寺や商家が建ち並び、その外側には堀が巡っています。
坂越(さこし)の町並み(兵庫県赤穂市)
坂越は兵庫県赤穂市東部に位置し、瀬戸内海の坂越湾に面した港町で、北前船の寄港地の一つとして栄えました。石畳のメインストリートは「大道(だいどう)」と呼ばれ伝統的な古い町並みが軒を連ね現在も往時の面影を偲ぶことができます。
吉久の町並み(富山県高岡市)
吉久は、江戸時代に加賀藩の年貢米を保管する「御蔵」の設置にともない、大坂や江戸へ藩米を運ぶ「北前船」の流通拠点となった吉久は、加賀藩の経済に重要な役割を果たしました。現在においても吉久には、江戸末期から近代に建てられた当地域特有の切妻造平入の町家がよく残されており、2020年(令和2年)には重要伝統的建造物群に選定されました。
舞鶴の町並みと田辺城跡(京都府舞鶴市)
舞鶴は1583(天正11年)に築城がはじまった田辺城の城下町として発展しました。特に高野川の川尻に沿う竹屋は商業の中心地で、川の両岸に廻船問屋や商家の蔵や船小屋などが並んでいました。現在においてもその面影を垣間見ることができます。
真壁の町並み(茨城県桜川市)
真壁は江戸時代に笠間藩の一部となり木綿市を中心とする在郷町として繁栄しました。真壁には現在もこの頃からの町割りが残り、見世蔵や土蔵や町屋など多くの伝統的な建物が建ち並んでおり、2010年(平成22年)には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
稲荷山宿の町並み(長野県千曲市)
稲荷山宿は1614年(慶長19年)に北国西街道の宿場町として組み込まれて以来、北国西街道最大の宿場町として栄えました。1847年(弘化4年)の善光寺大地震では大きな被害を受けましたが、復興を遂げた江戸時代末期移行は繭や生糸・絹織物などを扱う北信濃随一の商都として繁栄しました。現在においても稲荷山宿には往時の町の面影が多く残されており、2014年(平成26年)には重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
湯河原温泉の町並み(神奈川県湯河原町)
湯河原温泉は、万葉の時代から知られる歴史ある温泉地で、万葉集にもその名が詠まれています。江戸時代には 湯治場として栄え、明治以降は多くの文豪に愛されたことでも知られています。千歳川沿いにさかのぼるように広がる温泉街には昔ながらの温泉街の風情が今も残っています。
東海道・島田宿(静岡県島田市)
1601年(慶長6年)の東海道の整備に伴い、大井川の東西に位置する島田宿と金谷宿も宿場として指定されました。しかし大井川では、橋を架けることも渡し船を使うことも禁じられ、人も荷物もすべて「歩行越し」で渡るよう定められていました。
榛原(はいばら)の町並み(奈良県宇陀市)
榛原は、初瀬(大和)と伊勢を結ぶ2つの街道、伊勢本海道と伊勢表街道(初瀬街道)の分岐点にあたることから、伊勢参詣が盛んになった江戸時代に宿場町として栄えました。
河崎の町並み(三重県伊勢市)
河崎は江戸時代より勢田川の水運を生かした問屋街として発展し、伊勢神宮への参宮客でにぎわう「伊勢の台所」として栄えました。現在でも古い町家や蔵などが残されており、山形の形状をした屋根を持つ妻入の町屋が連なります。
卯辰山山麓寺院群(石川県金沢市)
卯辰山(うだつやま)と旧北国街道に挟まれたこの地域には、慶長期から延宝期(1596〜1681年)にかけて寺院群がほぼ形成されたと考えられています。この地域には藩政期からの細い街路や町割が現在も残り、山麓の地形に沿って曲がりくねった小路に沿って寺社が建ち並び、寺社と町家が混然一体となった特徴的な景観を形成しています。
鶴来の町並み(石川県白山市)
「鶴来」は古くから白山本宮四社のひとつである金劔宮の門前町として白山信仰によって発展しました。江戸時代になると白山街道(鶴来街道)の宿がおかれ酒や醤油の醸造業が盛んになり最盛期には14軒の酒蔵があったと言われています現在においても往時の商家や町家が残されており、かつての街道の面影を偲ぶことができます。
大聖寺の町並み(石川県加賀市)
1639年(寛永16年)、加賀藩の第2代藩主であった前田利常が隠居する際、次男の利次に富山10万石を、三男の利治に大聖寺7万石を分封し、大聖寺藩が成立しました。それ以降大聖寺は大聖寺藩の城下町(陣屋町)として発展しました。
戸隠の宿坊群(長野県長野市)
古くから修験道の一大霊場として知られた神仏習合寺院「戸隠山顕光寺」は、江戸時代に入ると各地に「戸隠講」が組織され多くの戸隠講の講員は戸隠へ参詣するようになりました。そのため戸隠には大規模な宿坊群が数多く整備されるようになりました。現在においても戸隠には雄大豪壮な宿坊群などた歴史的な景観が残されており、2017年(平成29年)には重要伝統的建造物群に選定されました。
加世田麓の町並み(鹿児島県南さつま市)
江戸時代、薩摩藩は領内の各地に「外城(とじょう)」と呼ばれる行政区画を設けて統治しており、加世田麓はその外城の一つとして栄えました。自然地形に沿って曲線を描く街路や用水路、用水路に架かる石橋などの景観が加世田麓の特徴です。
城端の町並み(富山県南砺市)
戦国時代に荒木氏が拠っていた城端城の城下町であった城端ですが、1559年に善徳寺が福光から城端に移されたことにより、その門前町として繁栄しました。現在も石垣のある町屋や豪商野村家の土蔵群蔵回廊(今町通り)など往時の面影が残す町並みを見ることができます。
河内長野(高野街道)の町並み(大阪府)
古くから栄えた河内長野は、高野街道や岩湧街道、大沢街道など、歴史的な街道が交差する交通の要所でした。特に 高野街道は、かつて京や大坂から仏教の聖地である高野山への参詣道として使われ宿場町や商家が発展しました。街道沿いには現在も江戸時代から続く伝統的な建物が点在しており、特に「高野街道酒蔵通り」には風情ある町並みが残されています。
阿保宿の町並み(三重県伊賀市)
初瀬街道(はせかいどう)は奈良県桜井市の「初瀬」から阿保や伊勢地を経て難所である青山峠を越え三重県松阪市の「六軒」に至る街道です。道中には「青山越」などの難所もあり、初瀬から伊勢までは歩いて5〜6日かかったようです。そのため道中には旅籠や茶店が多く設けられここ阿保や伊勢地などは宿場町として大変賑わいました。
上条集落の町並み(山梨県甲州市)
江戸時代、上条集落は主に畑作を中心とした山村集落でしたが、明治時代中期以降は養蚕が盛んに行われるようになりました。そのため、江戸時代に建てられた茅葺の切妻造の家に特徴的な「突き上げ屋根」が追加され、昭和時代中期までには、桟瓦葺の切妻造の家も建てられるようになり、この地域ならではの家並みが形成されました。
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