【町並み感動度】 |
町並み保存度
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竹屋などの地域に建築物が残されていますが、少しづつ減ってきており往時を思わせる連続した町並みは期待できなくなってきています。 | |
町並みの規模
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田辺城跡、若狭街道、京街道、それに沿って商家や神社や寺院が点在する広大な町並みです。 | |
観光魅力度
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町屋は減少しつつあり、また土産物店などもあまり見当たりませんが、レトロな商店街や地元で愛されている御菓子点などもあり散策を楽しめます。 |
舞鶴は1583(天正11年)に築城がはじまった田辺城の城下町として発展しました。
若狭街道と京街道の2つの街道と伊佐津川と高野川の2本の川に囲まれ内部には堀をめぐらせていました。
特に高野川の川尻に沿う竹屋は商業の中心地で、川の両岸に廻船問屋や商家の蔵や船小屋などが並んでいました。
現在においてもその面影を垣間見ることができます。
目次 ・旧京街道 ・円隆寺 ・朝代神社 ・桂林寺 ・アクセス |
1578年(天正6年)織田信長の命によって丹後を制圧した長岡藤孝(幽斎)は、1583(天正11年)この地に田辺城を築きました。
伊佐津川と高野川の2つの川と海と沼地で四方を囲まれた要害の地で内部には堀をめぐらせていました。
現在の田辺城跡は舞鶴公園になっており、1940年(昭和15年)に再建された二層櫓、本来の外堀上に1992年(平成4年)に再建された城門、天守台石塁などを見学できます。
城門の中は田辺城資料館となっています。
藩校「明倫斎」として創立され1872年(明治5年)の学制の領布により明倫校となりました。
正門は江戸時代末期に建てられたもので近年になって現在地に移築されました。
真言宗御室派の寺院で、寺院に伝わる慈恵山記によると、長徳年中(995年〜999年)に皇慶によって開創されたと伝えられているようです。江戸時代に建築された本堂・多宝塔・鐘楼・鎮守堂・総門は京都府指定文化財に指定されています。
672年に創建されたと伝わる朝代神社は江戸時代より田辺藩町民の産土神として奉られてきました。
現在の社殿は1732年(享保17年)の大火によって旧社殿を焼失した後、1739年(元文9年)に再建されたものです。
桂林寺は1401年(応永8年)に創建された曹洞宗中本山の禅寺です。
山門は1717年(享保2年)に建立されました。
舞鶴赤レンガ倉庫群は、1901年(明治34年)に舞鶴に舞鶴鎮守府が創設されて以来、明治・大正時代を通じて旧日本海軍によって建てられた赤煉瓦造りの建築物です。現在12棟の赤煉瓦倉庫が残されています。
【電車でのアクセス】
JR山陰線・舞鶴線「西舞鶴駅」下車 徒歩約10分
【車でのアクセス】
舞鶴若狭自動車道・舞鶴西ICから約6q(約10分)
下の地図の場所に有料駐車場(市営南田辺駐車場)があります。
訪問日:2022年5月
最後まで見ていただきありがとうございます。
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