古い町並み
舞鶴の町並みと田辺城跡(京都府舞鶴市)
舞鶴は1583(天正11年)に築城がはじまった田辺城の城下町として発展しました。特に高野川の川尻に沿う竹屋は商業の中心地で、川の両岸に廻船問屋や商家の蔵や船小屋などが並んでいました。現在においてもその面影を垣間見ることができます。
神辺の町並み(広島県福山市)
山陽道・石州銀山道・笠岡道の三つの街道が交差する交通の要衝であった神辺は備後福山藩の宿場町として繁栄しました。現在においても、神辺の街道沿いには、本陣跡や白壁の町並みなどが残り、往時の面影を今に伝えています。
真壁の町並み(茨城県桜川市)
真壁は江戸時代に笠間藩の一部となり木綿市を中心とする在郷町として繁栄しました。真壁には現在もこの頃からの町割りが残り、見世蔵や土蔵や町屋など多くの伝統的な建物が建ち並んでおり、2010年(平成22年)には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
小布施の町並み(長野県小布施町)
小布施町は千曲川の舟運によって北信濃の商業交易の中心地として栄え、豪農や豪商が多く生まれました。 中でも北信濃屈指の豪農商であった高井鴻山 は、葛飾北斎や佐久間象山、小林一茶ら一流の文人を招き、文化交流の場を築きました。小布施ではこうした歴史的遺産を生かした町づくりが進められ、蔵や古い商家が残る美しい町並みにショップや飲食店が立ち並ぶ人気の観光地となっています。
稲荷山宿の町並み(長野県千曲市)
稲荷山宿は1614年(慶長19年)に北国西街道の宿場町として組み込まれて以来、北国西街道最大の宿場町として栄えました。1847年(弘化4年)の善光寺大地震では大きな被害を受けましたが、復興を遂げた江戸時代末期移行は繭や生糸・絹織物などを扱う北信濃随一の商都として繁栄しました。現在においても稲荷山宿には往時の町の面影が多く残されており、2014年(平成26年)には重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
いの町の町並み(高知県いの町)
「いの町」は、平安時代から続く土佐和紙の産地として知られる「紙のまち」です。江戸時代には、美しい「土佐七色紙」が生み出され、土佐紙は全国にその名を知られるようになりました。現在も町なかには今も紙問屋や商家、土蔵などが点在し、かつて紙産業で栄えた面影を残しています。
湯河原温泉の町並み(神奈川県湯河原町)
湯河原温泉は、万葉の時代から知られる歴史ある温泉地で、万葉集にもその名が詠まれています。江戸時代には 湯治場として栄え、明治以降は多くの文豪に愛されたことでも知られています。千歳川沿いにさかのぼるように広がる温泉街には昔ながらの温泉街の風情が今も残っています。
東海道・島田宿(静岡県島田市)
1601年(慶長6年)の東海道の整備に伴い、大井川の東西に位置する島田宿と金谷宿も宿場として指定されました。しかし大井川では、橋を架けることも渡し船を使うことも禁じられ、人も荷物もすべて「歩行越し」で渡るよう定められていました。
大湫宿の町並み(岐阜県瑞浪市)
大湫宿は、中山道47番目の宿場町で、1604年(慶長9年)に新たな宿場として設けられました。周囲には急坂が続き、江戸時代には旅人や人馬にとって難所とされた峠の宿でした。現在も大湫宿には、格子戸や塗込め壁の民家が残り、江戸時代の旅籠町らしい風情が感じられます。
榛原(はいばら)の町並み(奈良県宇陀市)
榛原は、初瀬(大和)と伊勢を結ぶ2つの街道、伊勢本海道と伊勢表街道(初瀬街道)の分岐点にあたることから、伊勢参詣が盛んになった江戸時代に宿場町として栄えました。
新見御殿町の町並み(岡山県新見市)
新見の町は、江戸時代の1697年(元禄10年)、津山から移封された新見藩初代藩主・関長治によって築かれ5万石の城下町として栄え、新見藩関家は、その後明治維新まで9代にわたり続きました。現在も新見の町には当時の面影を感じさせる町屋が多く残されています。
小坂鉱山・明治百年通り(秋田県小坂町)
小坂鉱山によって発展し、「東洋一の銅山」と呼ばれた小坂。明治時代には、ヨーロッパから招かれた技術者や全国から集まった鉱山関係者とその家族が暮らし、近代的な鉱山都市へと発展しました。現在、明治百年通りには、小坂鉱山事務所や康楽館など明治時代の近代化を伝える貴重な建物が残されています。
河崎の町並み(三重県伊勢市)
河崎は江戸時代より勢田川の水運を生かした問屋街として発展し、伊勢神宮への参宮客でにぎわう「伊勢の台所」として栄えました。現在でも古い町家や蔵などが残されており、山形の形状をした屋根を持つ妻入の町屋が連なります。
温湯温泉の町並み(青森県黒石市)
温湯温泉(ぬるゆおんせん)は、黒石市郊外にある400年以上の歴史を持つ湯治場です。かつて津軽地方の温泉では、内風呂のない「客舎」と呼ばれる宿に泊まり、自炊をしながら共同浴場へ通う湯治が一般的でした。温湯温泉は、今もその「客舎」が残る全国でも貴重な温泉地です。
越前和紙の里 五箇地区(福井県越前市)
越前市の五箇地区は、旧今立町岡本地区にある大滝・岩本・不老・新在家・定友の五つの集落からなる、日本を代表する越前和紙の産地です。全国で唯一の紙の神様・川上御前を祀る岡太神社・大瀧神社があり、和紙文化の中心地として知られています。また、卯建のある建物や歴史ある工房が点在する町並みが残されています。
卯辰山山麓寺院群(石川県金沢市)
卯辰山(うだつやま)と旧北国街道に挟まれたこの地域には、慶長期から延宝期(1596〜1681年)にかけて寺院群がほぼ形成されたと考えられています。この地域には藩政期からの細い街路や町割が現在も残り、山麓の地形に沿って曲がりくねった小路に沿って寺社が建ち並び、寺社と町家が混然一体となった特徴的な景観を形成しています。
旧勝山町月田の町並み(岡山県真庭市)
旧勝山町月田は勝山と備後国東城を結ぶ東城往来沿いの市場町として栄え、多くの人や物資が行き交いました。現在も月田川沿いには、なまこ壁や出格子、虫籠窓を備えた町家や中二階の古民家が残り、往時の面影を色濃く伝えています。静かな山里の風景の中に、かつての市場町の趣を感じることができます。
府中・石州街道の町並み(広島県府中市)
府中は、古くから備後国府が置かれた政治・経済の中心地で、石見と備後を結ぶ石州街道の要地として発展してきました。府中の街道沿いには、江戸時代初期に形成された町並みが今も残り、恋しき(登録有形文化財)などの歴史的建造物を通して、往時の面影を感じることができます。
鶴来の町並み(石川県白山市)
「鶴来」は古くから白山本宮四社のひとつである金劔宮の門前町として白山信仰によって発展しました。江戸時代になると白山街道(鶴来街道)の宿がおかれ酒や醤油の醸造業が盛んになり最盛期には14軒の酒蔵があったと言われています現在においても往時の商家や町家が残されており、かつての街道の面影を偲ぶことができます。
秩父の町並み(埼玉県秩父市)
秩父市街地は門前町、市場町、宿場町の性格をあわせ持つ町で、忍藩領の時代には陣屋も置かれていました。明治中期から昭和初期にかけては「秩父銘仙」として秩父の絹織物が全国的な人気を集めました。この時代に建てられた建物は、現在もカフェや飲食店、資料館などに活用され、往時の面影を残す町並みを楽しむことができます。
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