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森城下町の町並み(大分県玖珠町)


2026年8月3日
古い町並み , 大分県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★57

町並み保存度
★★★★★
★★★★★60
主にレンガ通り沿いに趣のある商家や町家が建ち並びます。白壁の蔵屋敷・レンガ造り・洋館なども点在していて見応えがあります。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★60
小さな町ではありますがレンガ通り沿いを中心に南北に長く古い町並みが広がります。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★50
ほとんど観光化されていない小さな城下町ですが、石畳で整備されたレンガ通りなど、風情のある町並みの散策を楽しめます。

森城下町は、1601年(慶長6年)に来島長親が豊後森藩を立藩したことに始まる城下町です。来島氏は格式の関係で城を築くことが許されなかったため、角牟礼城を廃し、角埋山の山麓に陣屋を構えて町づくりを進めました。

城下町は陣屋を中心に武家屋敷が並び、その南側に町人町が広がる計画的な町割りが特徴です。明治から昭和初期にかけては玖珠郡の中心地として発展し、多くの人々でにぎわいました。

現在も歴史ある建造物が点在し、町には往時の城下町の面影が色濃く残っています。


目次

日本一小さな城下町として知られる森城下町


レンガ通りの町並み


森城下町の町並み(大分県玖珠町)
日本一小さい城下町として知られる森城下町は、天守閣を持つ城ではなく、陣屋を中心に武家地と町人地が縦長に配置された珍しい構造です。

森城下町の町並み(大分県玖珠町)
1601年(慶長6年)、来島長親によって豊後森藩が立藩され、陣屋を中心とする城下町が築かれました。来島氏は城を築くことが許されなかったため、角牟礼城に代わって山麓に陣屋を置き、町づくりを進めました。

森城下町の町並み(大分県玖珠町)
森城下町は陣屋を中心に武家屋敷、その南側に町人町が広がる計画的な町割りが特徴です。

森城下町の町並み(大分県玖珠町)
明治から昭和初期にかけては玖珠郡の中心地として栄え、現在も町の一角には往時の面影が残っています。

森城下町の町並み(大分県玖珠町)
往時の面影をとどめる石畳の道やレンガ通りに、趣のある商家や町家が並んでいます。

森城下町の町並み(大分県玖珠町)
白壁の蔵屋敷・レンガ造り・洋館なども点在しています。

森城下町の町並み(大分県玖珠町)

明治期の酒蔵・酢屋


酢屋|森城下町の町並み(大分県玖珠町)
城下町の中で最も広い敷地を持っており、大正時代に建てられた荒壁仕上げの2階建て主屋や明治期の酒蔵が残っています。

酢屋|森城下町の町並み(大分県玖珠町)

旧久留島氏庭園


旧久留島氏庭園|森城下町の町並み(大分県玖珠町)
旧久留島氏庭園は、森藩久留島氏の陣屋跡西側にある末広山の丘陵を利用して造られた庭園です。8代藩主・久留島通嘉の時代に神社の造営とあわせて大規模な整備が行われ、現在の姿となりました。

お城仕立ての御長坂と末廣神社


御長坂(おながざか)
御長坂(おながざか)
御長坂(おながざか)は末廣神社へと続く、立派な石畳と石垣で造られた急な参道です。

末廣神社
末廣神社
豊後森藩の陣屋町・森城下町を見下ろす高台に位置し、城を持てなかった藩主が天守閣風の栖鳳楼や石垣をしつらえて「お城仕立て」にした歴史ある神社です。

アクセス


【電車でのアクセス】
JR久大本線、豊後森駅から徒歩約30分(タクシーを利用すると約5分です)

【車でのアクセス】
玖珠ICから車で5分
下の地図の場所の三島公園駐車場(無料)を利用できます。
駐車場前に公衆トイレがあります。





訪問日:2026年4月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、森城下町の町並みについての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


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