町並み感動度ランキング
蒲生麓の町並み(鹿児島県姶良市)
飫肥の城下は江戸時代には飫肥藩五万一千石の城下として、明治時代から昭和にかけても南那珂郡の政治経済の中心地として栄えました。現代においても、江戸時代始めの街路がそのまま残り、1977年(昭和52年)には九州で最初の国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
伊賀上野の町並み(三重県伊賀市)
1611年(慶長16年)に伊賀上野城が築城されるとともに藤堂高虎によって町普請が行われ伊賀上野藩の城下町として栄えました。五目地割法によって町並みは碁盤状に区画され、侍屋敷や三筋町(本町、二の町、三の町)が作られました。
東海道・由比宿(静岡市清水区)
由比宿は、東海道五十三次の16番目の宿場町で、薩埵峠(さったとうげ)の東麓に位置しています。当時の由比宿には本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠32軒があり、静岡県内の宿場の中では最も小さな規模でしたが、現在も往時の面影を残す町並みが残っています。
東海道・二川宿(愛知県豊橋市)
二川宿は、1601年(慶長6年)の東海道整備とともに設けられ、当初は二川村と大岩村の2つの村で宿場業務を担っていました。1644年(正保元年)に江戸幕府が両村を移転させ、二川宿と加宿大岩町となり、東海道五十三次の33番目の宿駅として業務を行いました。
中津川宿(岐阜県中津川市)
中津川宿は、江戸日本橋から数えて45番目、中山道では木曽谷の入口にあたる主要な宿場町として栄えました。宿場には、本陣や脇本陣をはじめ、問屋や旅籠、商家が立ち並び、本町には火災に備えた用水路が街道の中央を流れていました。現在も町並みには宿場の面影が残されており散策を楽しめます。
草津温泉(群馬県草津町)
草津温泉は、日本武尊の発見伝説や奈良時代の行基による開湯説が伝わる、約1800年の歴史を持つ温泉地です。温泉街の中心には、草津温泉を象徴する源泉「湯畑(ゆばたけ)」があります。湯畑を中心に広がる温泉街には、古風な日本情緒あふれる町並みが残り、散策しながら草津ならではの風景を楽しめます。
新川田篭の山村集落(福岡県うきは市)
筑後吉井は江戸時代に城下町「久留米」と天領「日田」を結ぶ旧豊後街道の宿場町として発展し始め、江戸時代末期になると、酒や油や櫨蝋等の産業が集積する在郷町として繁栄しました。こうして富を得た吉井の商人たちは「居蔵屋」と称される重厚な蔵造りの商家を建てはじめ大正時代に最盛期を迎えました。
小諸宿の町並み(長野県小諸市)
小諸は、小諸城を中心に発展した城下町で、江戸時代には宿場町「小諸宿」として栄え、1670年(寛文10年)には357軒の家屋が軒を連ねるなど、大いににぎわいました。明治時代商業が発展し、旧北国街道沿いには、問屋のほか、味噌・醤油や酒の醸造所が立ち並び、商都として繁栄しました。
山中温泉の町並み(石川県加賀市)
1609年(慶長14年)、前田利長が高岡城を築き城下町を整備しました。町の中心である山町を含め多くの家屋は1900年(明治33年)に起きた大火によって被災しましたが、その後の火災に強い土蔵造りで再建されました。現在も山町筋には土蔵造りや真壁造りの家屋が多く残っています。
銀山温泉(山形県尾花沢市)
足利幕府の時代に開かれた「野辺沢銀山」が1689年に閉山した後、この地は湯治場として多くの人々でにぎわうようになりました。1913年(大正2年)には大洪水によって、温泉街は壊滅的な被害を受けましたが、地元の実業家たちの尽力により復興が進められ、銀山川の両岸に木造の多層旅館が美しく並ぶ銀山温泉の景観がこの時に整えられました。
桐生新町の町並み(群馬県桐生市)
桐生新町は江戸時代から絹市が開かれるなど市場町として栄え、飛紗綾(とびざや)と呼ばれる絹織物の生産が盛んに行われました。新町で開かれる絹市は「紗綾市(さやいち)」と呼ばれ大変繁栄しました。現在においても桐生新町にには町屋や土蔵、鋸屋根の織物工場などの建造物が残されており、2012年(平成24年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
一身田・寺内町の町並み(三重県津市)
一身田・寺内町は、戦火に備え、真宗高田派の本山である専修寺を中心に堀で囲んだ防御的な自治集落です。専修寺の周囲には末寺や商家が建ち並び、その外側には堀が巡っています。
坂越(さこし)の町並み(兵庫県赤穂市)
坂越は兵庫県赤穂市東部に位置し、瀬戸内海の坂越湾に面した港町で、北前船の寄港地の一つとして栄えました。石畳のメインストリートは「大道(だいどう)」と呼ばれ伝統的な古い町並みが軒を連ね現在も往時の面影を偲ぶことができます。
吉久の町並み(富山県高岡市)
吉久は、江戸時代に加賀藩の年貢米を保管する「御蔵」の設置にともない、大坂や江戸へ藩米を運ぶ「北前船」の流通拠点となった吉久は、加賀藩の経済に重要な役割を果たしました。現在においても吉久には、江戸末期から近代に建てられた当地域特有の切妻造平入の町家がよく残されており、2020年(令和2年)には重要伝統的建造物群に選定されました。
舞鶴の町並みと田辺城跡(京都府舞鶴市)
舞鶴は1583(天正11年)に築城がはじまった田辺城の城下町として発展しました。特に高野川の川尻に沿う竹屋は商業の中心地で、川の両岸に廻船問屋や商家の蔵や船小屋などが並んでいました。現在においてもその面影を垣間見ることができます。
神辺の町並み(広島県福山市)
山陽道・石州銀山道・笠岡道の三つの街道が交差する交通の要衝であった神辺は備後福山藩の宿場町として繁栄しました。現在においても、神辺の街道沿いには、本陣跡や白壁の町並みなどが残り、往時の面影を今に伝えています。
真壁の町並み(茨城県桜川市)
真壁は江戸時代に笠間藩の一部となり木綿市を中心とする在郷町として繁栄しました。真壁には現在もこの頃からの町割りが残り、見世蔵や土蔵や町屋など多くの伝統的な建物が建ち並んでおり、2010年(平成22年)には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
稲荷山宿の町並み(長野県千曲市)
稲荷山宿は1614年(慶長19年)に北国西街道の宿場町として組み込まれて以来、北国西街道最大の宿場町として栄えました。1847年(弘化4年)の善光寺大地震では大きな被害を受けましたが、復興を遂げた江戸時代末期移行は繭や生糸・絹織物などを扱う北信濃随一の商都として繁栄しました。現在においても稲荷山宿には往時の町の面影が多く残されており、2014年(平成26年)には重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
湯河原温泉の町並み(神奈川県湯河原町)
湯河原温泉は、万葉の時代から知られる歴史ある温泉地で、万葉集にもその名が詠まれています。江戸時代には 湯治場として栄え、明治以降は多くの文豪に愛されたことでも知られています。千歳川沿いにさかのぼるように広がる温泉街には昔ながらの温泉街の風情が今も残っています。
東海道・島田宿(静岡県島田市)
1601年(慶長6年)の東海道の整備に伴い、大井川の東西に位置する島田宿と金谷宿も宿場として指定されました。しかし大井川では、橋を架けることも渡し船を使うことも禁じられ、人も荷物もすべて「歩行越し」で渡るよう定められていました。
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