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小諸宿の町並み(長野県小諸市)


2026年3月26日
古い町並み , 長野県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★57

町並み保存度
★★★★★
★★★★★50
北国街道に沿って江戸時代からの建物や街道の遺構が多く残されています。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★60
北国街道沿いのみならず、周辺にも歴史的な建造物が点在しています。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★60
日本で唯一の穴城と呼ばれる小諸城をはじめ、街中には様々な見どころがあり観光を楽しめます。

小諸は、「穴城」と呼ばれる小諸城を中心に発展した城下町で、江戸時代には宿場町「小諸宿」として栄えました。

1603年(慶長8年)にはすでに北国街道の「小諸宿」として宿場が成立していたとされ、中山道との分岐宿である「追分宿」から数えて一つ目の宿場町にあたることから、1670年(寛文10年)には357軒の家屋が軒を連ねるなど、大いににぎわいました。

明治時代に入ると宿場町としての役割は終えますが、地元や近隣の商人たちによって商業が発展します。旧北国街道沿いには、呉服や下駄、穀物、紙、小間物を扱う問屋のほか、味噌・醤油や酒の醸造所が立ち並び、商都として繁栄しました。

現在も小諸宿には、江戸時代の建物や街道の遺構が数多く残され、歴史ある町並みを感じながら散策を楽しむことができます。


目次

小諸宿の町並み


北国街道沿いの町並み


小諸宿の町並み(長野県小諸市)
北国街道の「小諸宿」は、中山道との分岐宿である「追分宿」から数えて一つ目の宿場町にあたることから大いににぎわいました。

小諸宿の町並み(長野県小諸市)
旧北国街道沿いには、「小諸宿」から商都・小諸へと発展した歴史と、そのにぎわいの面影を今に伝える建物が多く残されています。

小諸宿の町並み(長野県小諸市)
小諸宿に残る江戸時代の建物は、正面の2階の軒が低いのが特徴です。これは、参勤交代の大名行列を見下ろすことが禁じられていたためで、通りに面した2階は「厨子二階」と呼ばれる低い造りにし、主に物置として使われていました。

小諸宿の町並み(長野県小諸市)
明治時代に入ると商業が発展し、呉服や下駄、穀物、紙、小間物を扱う問屋のほか、味噌・醤油や酒の醸造所が立ち並び、商都として繁栄しました。

小諸宿の町並み(長野県小諸市)
江戸時代には、建物の軒先は最長で約1.8メートルほど出して造られていたようです。現在は道路拡幅により多くの建物の軒が切られています。

小諸宿の町並み(長野県小諸市)

馬場裏通り


馬場裏通り・小諸宿の町並み(長野県小諸市)
石畳が敷かれた馬場裏通りは、江戸時代には武士が乗馬の訓練を行っていた場所です。通りの北側には、武家地と町人地の境界を示す石垣が今も残されています。南側には江戸時代から続く造り酒屋・大塚酒造の酒蔵が並んでいます。

馬場裏通り・小諸宿の町並み(長野県小諸市)

日本で唯一の穴城、小諸城


日本で唯一の穴城、小諸城・小諸宿の町並み(長野県小諸市)
日本100名城の一つにも数えらる小諸城は、1487年(長享元年)に大井光忠によって築かれたと考えられています。城郭が城下町よりも低い場所にある「穴城(あなじろ)」と呼ばれる珍しい構造を持ち、日本で唯一の例とされています。大手門(国の重要文化財)は、1612年(慶長17年)に藩主・仙石秀久の時代に築かれたものです。

アクセス


【電車でのアクセス】
JR東日本(小海線)、しなの鉄道(しなの鉄道線)、小諸駅下車すぐ。

【車でのアクセス】
下の地図の場所の大手門公園 有料駐車場(2時間無料)を利用できます。





訪問日:2025年7月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、小諸宿の町並みについての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


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