アーカイブ 2022年7月29日 2022/07

ひがし茶屋街の町並み(石川県金沢市)
江戸時代になると城下町近郊を流れる犀川(さいがわ)と浅野川の界隈に多くの茶屋が立ち並ぶようになり、1820年(文政3年)は加賀藩の許可を得て、犀川(さいがわ)の西側に「にし」の茶屋町、浅野川東側に「ひがし」の茶屋町が開かれて大変賑わいました。
宇陀市松山の町並み(奈良県宇陀市)
松山地区は戦国時代に秋山城の城下町を起源とし、その後豊臣秀長の家臣により拡大されました。1694年からは江戸幕府の天領となり、商業地として栄えました。現在も江戸から明治の商家が多く残されており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
長町武家屋敷跡(石川県金沢市)
長町武家屋敷跡には土塀と石畳が続く小路には加賀藩時代の上流・中流階級の藩士の豪壮な武家屋敷が軒を連ねています。金沢市の繁華街「香林坊」の近くにもかかわらず路地に一歩足を踏み入れると静かで藩政時代の武家町の雰囲気を感じることができます。
主計町茶屋街の町並み(石川県金沢市)
主計町茶屋街は、金沢三大茶屋街の一つに数えられ、東山ひがし(ひがし茶屋街)とともに重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。明治から昭和初期にかけての茶屋様式の町屋が多く残されており、金沢の主要な観光地となっています。かつて旦那衆が人目を避けて通った「暗がり坂」やベンガラ色の千本格子が続く細い路地は情緒たっぷりです。
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2022年7月25日
城 ,
石川県
金沢城(石川県金沢市)
1580年(天正8年)に織田信長が一揆を攻め落とすと、佐久間盛政が築城を始め、3年後の1583年(天正11年)に加賀藩初代藩主の前田利家が入城しました。前田利家は改修工事を行い天守や櫓などを建設しました。以降、金沢城は1869年(明治2年)まで加賀藩前田家14代の居城であり続けました。
白峰の町並み(石川県白山市)
白山の麓に位置し日本屈指の豪雪地帯である白峰では稲作の代わりに江戸中期から先進的な養蚕が行われ、白峰の主な生業となっていました。明治中期の紀行文によると、白峰は製糸業が盛んで様々な施設があることが記されており当時の集落が賑やかであったことが分かります。
金沢の町並み(石川県金沢市)
1583年(天正11年)の前田利家の入城以降、大規模な城づくりが行われ、江戸時代になると大名中最大の百万石の城下町として栄えました。前田家の歴代藩主が工芸振興に力を入れたため、九谷焼などの伝統工芸や、能楽などの伝統芸能が発展し、現在においても受け継がれています。
名張の町並み(三重県名張市)
1636年(寛永13年)、初代藤堂高吉が伊予の国今治から名張に入り屋敷を構えて本格的に街づくりをはじめました。また、初瀬(はせ)街道と呼ばれる伊勢へのおかげ参りの宿場町として大変賑わいました。
鶴来の町並み(石川県白山市)
「鶴来」は古くから白山本宮四社のひとつである金劔宮の門前町として白山信仰によって発展しました。江戸時代になると白山街道(鶴来街道)の宿がおかれ酒や醤油の醸造業が盛んになり最盛期には14軒の酒蔵があったと言われています現在においても往時の商家や町家が残されており、かつての街道の面影を偲ぶことができます。