広島県
御手洗の町並み(広島県呉市)
「潮待ち風待ち」に適した天然の良港として注目されていた御手洗は、1666年(寛文6年)に広島藩によって町割りが行われたことによって誕生しました。江戸時代に港町として繁栄し幕末動乱の舞台ともなった御手洗には、現在もお茶屋や船宿、町屋などが数多く残り、1979年(昭和54年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
竹原の町並み(広島県竹原市)
江戸時代に開発された竹原塩田によって竹原は全国にも知られた塩の名産地となり、塩によってもたらされた富によって漆喰塗籠の町屋が並ぶ重厚な町並みが築かれました。竹原塩田は1959年(昭和34年)に廃止となりましたが、現在も往時の町並みが残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
鞆の浦の町並み(広島県福山市)
瀬戸内海のほぼ中央に位置する鞆の浦は、このあたりで潮の流れが代わることから、古来より潮待ち風待ちの港として栄えてきました。江戸時代には鞆の浦は港を中心とする商業、漁業、鍛冶、保命酒等の酒造業などの産業で栄え、戦前まで港町としての繁栄が続きました。
厳島神社と宮島の町並み
厳島神社の社伝によると593年(推古天皇元年)にこの地方の豪族、佐伯鞍職が神からのお告げを受け社殿を創建したことが始まりとされ、平家や源氏など時の権力者の崇敬を受けてきました。現在の社殿は仁治年間(1240年-1243年)以降に造営されたもので、1996年(平成8年)にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。
天領上下白壁の町並み(広島県府中市)
上下は、「石見銀山」から産出された銀を尾道や笠岡の港へ運ぶ「銀山街道(石州街道)」の重要な宿場町・中継地となりました。幕府直轄の天領となった上下は、最盛期には町に33軒もの金融業者が軒を連ね、やがて酒や醤油などの醸造業をはじめ大いに繁栄しました。
白市の町並み(広島県東広島市)
戦国時代に白市城が築かれたことをきっかけに発展した白市は、交通の要衝であったことから、江戸時代には藩内最大規模の牛馬市が開かれるなど大変栄ました。町には酒造業や瀬戸内海沿岸の塩田を営む豪商も現れ、幕末頃からは鋳物業も盛んになりました。現在は静かな白市ですが、当時の繁栄を伝える町並みが残されています。
街道東城路の町並み(広島県庄原市)
東城は、岡山県新見へ向かう備中新見路と、福山へ向かう東城路が交差する場所に発展した城下町で、宿場町としてもにぎわい、中国地方各地から街道が集まる交通の要衝でもありました。現在も、東城には江戸時代や明治の建築が残り、往時の面影を色濃く伝えています。
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2023年6月15日
城 ,
広島県
福山城(広島県福山市)
福山城は1615年(慶長20年)の一国一城令発布後の1622年(元和8年)に初代藩主水野勝成によって築かれた城で、大規模な近世城郭としては最後のものになります。1873年(明治6年)の廃城令により多くは取り壊され、福山空襲にも見舞われましたが、1966年(昭和41年)に天守、月見櫓、御湯殿が再建されました。
神辺の町並み(広島県福山市)
山陽道・石州銀山道・笠岡道の三つの街道が交差する交通の要衝であった神辺は備後福山藩の宿場町として繁栄しました。現在においても、神辺の街道沿いには、本陣跡や白壁の町並みなどが残り、往時の面影を今に伝えています。
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2023年6月6日
城 ,
広島県
広島城(広島県広島市)
1589年(天正17年)に毛利輝元によって築城された広島城は1619年(元和5年)に浅野長晟が入城して以来、明治時代に至るまで12代約250年間にわたり浅野氏の居城となりました。天守閣やいくつかの建物は明治以降も残されていましたが、1945年(昭和20年)の原子爆弾投下によって全ての建造物が焼失しました。
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