鳥取県
倉吉の白壁土蔵群(鳥取県倉吉市)
中世に築かれた打吹城の城下町として発達してきた倉吉は、1609年(慶長14年)に江戸幕府の直轄支配地となった後、1614年に鳥取藩へ組み込まれ江戸時代初期から大正時代まで商業都市として栄えました。往時の姿を今に伝える町並みは現在も程度良く保存されており、1998年(平成10年)に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
所子の町並み(鳥取県大山町)
所子は、中世に下賀茂神社の領地となり、現在の集落の原型となる所子村が形成され、江戸時代中期頃にはほぼ現在の形の集落に発展しました。大山への参詣道である坊領道沿いには江戸から昭和初期に建てられた家屋群が現在も多く残されており、2013年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
若桜の町並み(鳥取県若桜町)
若桜の町は若桜鬼ヶ城の城下町として整備され、江戸初期に入り一国一城令によって廃城となった後は、城下町時代の町割街道を維持しながら宿場町として人と物資の交易で発展しました。現在においても、本通り沿いや蔵通り沿いに歴史的な景観がよく残されているおり、2021年(令和3年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
板井原集落(鳥取県智頭町)
板井原集落の歴史は古く平家の落人が隠れ住んだ場所だったという伝承も残されています。江戸時代には農業や炭焼きによって栄え、明治時代には養蚕も盛んに行われました。その後過疎が進みましたが、現在も山あいの静かな集落には、かつての山村の暮らしを感じさせる風景が広がっています。
智頭宿の町並み(鳥取県智頭町)
因幡街道(智頭往来)と備前街道が合流する場所にある智頭宿は、江戸時代になると、鳥取藩主が最初に宿泊する御茶屋が置かれ、奉行所や制札場も設けられるなど、重要な宿場として栄えました。現在も智頭往来沿いには、往時の繁栄を今に伝える古くからの町家などの歴史ある建物が残されています。
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2024年3月13日
城 ,
鳥取県
鳥取城跡と仁風閣(鳥取県鳥取市)
鳥取城は、天文年間、因幡の守護であった山名誠通が標高263メートルの久松山に山城を築いたことに始まります。現在見られる石垣で造られた城の姿は、1582(天正10年)から1849年(嘉永2年)の約270年の間に段階的に整備されたものです。
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