長浜の町並み(滋賀県長浜市)
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町並み保存度
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黒壁スクエアを中心に古い町屋や洋館などが続く町並みは大変見ごたえがあります。
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町並みの規模
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長浜市街地の広範囲に渡って古い町並みが残されています。
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観光魅力度
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黒壁スクエアや商店街には町家や洋館を活用したガラスショップ、カフェなどが集まり観光を楽しめます。
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長浜は、豊臣秀吉が初めて築いた長浜城の城下町として発展した歴史ある町です。
1575年(天正3年)、浅井氏滅亡後に北近江を治めた羽柴秀吉は、今浜に長浜城を築き、城下町を整備するとともに町名を「今浜」から「長浜」へ改めました。楽市楽座を取り入れたことで商業が活発になり、城下町は大きく発展しました。
長浜城は1615年(元和元年)の一国一城令により廃城となりましたが、秀吉が築いた町割りはその後も受け継がれました。
長浜は琵琶湖の重要な港町であるとともに、北国街道の宿場町、大通寺の門前町、さらに浜縮緬の産地として栄え、近世から近代にかけて湖北地方を代表する商業都市となりました。
現在も旧市街には、江戸時代から明治時代にかけての町家が数多く残り、往時の面影を感じながら散策を楽しむことができます。
なかでも人気の観光スポットが黒壁スクエアです。北国街道と大手門通りが交わる「札の辻」を中心に、歴史ある町家や洋館を活用したガラスショップや美術館、工房、カフェなどが集まるエリアで、日本有数のガラスアートの街として知られています。
長浜城下町の町並み
元浜町(黒壁スクエア界隈)の町並み
長浜は、豊臣秀吉が初めて築いた長浜城の城下町として発展した歴史ある町です。
1575年(天正3年)、羽柴秀吉は今浜に長浜城を築き、町名を「長浜」へ改めました。
楽市楽座が取り入れられたことで商業が発展し、城下町は大きな賑わいを見せました。
長浜城は1615年(元和元年)に廃城となりましたが、秀吉が築いた町割りは現在も受け継がれています。
長浜は、琵琶湖の港町や北国街道の宿場町、大通寺の門前町として栄え、浜縮緬の産地としても知られました。
旧市街には江戸時代から明治時代にかけての町家が数多く残り、歴史ある町並みを散策できます。
黒壁スクエアは、歴史ある建物を活用したガラスショップや美術館、カフェなどが集まる長浜を代表する観光スポットです。
黒壁スクエアを中心に古い町屋や洋館などが続く町並みは見ごたえがあります。
長浜旧開智学校
北国街道と駅前通りの交差点にあり一際目を引くこの建物は、1874年(明治7年)に建てられた木造3階建て・八角塔屋付きの擬洋風建築です。
北舟町、朝日町の町並み
長浜市の北舟町や朝日町は長浜駅の南側に位置し、白壁の商家や伝統的な町家が並ぶ、静かで落ち着いた雰囲気のエリアです。
舟板塀の町並み
下船町や明治ステーション通り周辺に木造船の舟板を壁や塀に再利用した舟板塀の町並みを見ることができます。かつて琵琶湖の水運・港町として栄えた名残を今に伝えています
1914年(大正3年)に創業した老舗酒販店。レトロな看板が目を引きます。
日本一古い駅舎 旧長浜駅
旧長浜駅舎は、1882年に建てられた日本で一番古い現存する駅舎です。この裏には長浜鉄道文化館があり古い鉄道の資料や、鉄道模型があります。
長濱浪漫ビール
長濱浪漫ビールの建物は、築100年以上の歴史を持つ江戸時代からの米蔵を改装したもので、建物の前は長浜城の外堀であった米川のほとりに位置し、米蔵の船着き場跡も残されています。
長浜別院 大通寺
大通寺は、真宗大谷派(東本願寺)の別院で、「長浜御坊」の名で親しまれています。もとは長浜城内に開かれた道場が始まりで、後に現在の場所へ移されました。本堂や大広間、長浜城の追手門を移築したと伝わる脇門など、多くの建造物が国や市の重要文化財に指定されています。また、狩野山楽・山雪や円山応挙が手がけた障壁画や、国の名勝に指定された美しい庭園も見どころです。
長浜城(長浜城歴史博物館)
長浜城は、戦国時代末期に豊臣秀吉が城主を務めた城です。江戸時代初期に廃城となり、建物は彦根城や大通寺などへ移築されました。現在の天守は1983年(昭和58年)に復元されたもので、内部は歴史博物館として公開されています。
アクセス
【電車でのアクセス】
JR長浜駅東口から黒壁スクエアまで徒歩約5分
【車でのアクセス】
下の地図の場所の長浜市豊公園駐車場(最初の3時間無料)が便利です。
訪問日:2026年7月
最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、長浜城下町の町並みについての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。
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