山口県
萩城下町の町並み(山口県萩市)
萩城下町は、1604年(慶長9年)、関ヶ原の戦いに敗れて周防国・長門国の二か国に減封された毛利輝元が、萩城と並行して建設を進め、長州藩の拠点として整備されたものです。入城した毛利輝元の命により、狩野太郎左衛門が描いた絵図が都市設計の原型になったと考えられています。およそ260年にわたり毛利36万石の城下町として発展し、その後も天災や戦災を免れたため、町割りや建物、街路など往時の姿が今日までよく残されています。
柳井の町並み(山口県柳井市)
柳井は瀬戸内海の舟運を利用した市場町として形成され、古くから瀬戸内海の要衝として繁栄していました。柳井の町並みは意匠的にすぐれ現在においても保存状態もよく残されており、1984年(昭和59年)には柳井市古市金屋伝統的建造物群保存地区として保存地区に指定されました。
岩国城下町と錦帯橋
岩国城下町は1600年 (慶長5年) に初代岩国藩主吉川広家が米子城から3万石で移封されたことに始まります。岩国城の麓には現在も当時の町割りや武家屋敷が残り、往時の姿を偲ぶことができます。また、錦川に架かる錦帯橋(1953年再建)は日本を代表する木造橋として岩国のシンボルとなっています。
佐々並の町並み(山口県萩市)
佐々並市(ささなみいち)は、萩市南部に位置する旧旭村の南端にある農村集落です。かつて萩城下町と三田尻(防府市)を結ぶ最短で結ぶ「萩往還」の中間点にあたり、参勤交代の際には藩主が休息する御茶屋を中心に、宿駅としての機能を持ち栄えました。
萩市浜崎の町並み(山口県萩市)
萩市の浜崎地区は、江戸時代に廻船問屋や船宿、海産物の卸・加工業で栄え、大正から昭和初期にはイリコの加工や夏みかんの積み出し港としても重要な役割を果たしました。現在も江戸時代の街路や地割がよく残っており、町筋には江戸から昭和前期にかけての100棟以上の町家や土蔵が建ち並んでいます。
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