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須坂の町並み(長野県須坂市)


2025年8月18日
古い町並み , 重要伝統的建造物群保存地区 , 長野県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★63

町並み保存度
★★★★★
★★★★★60
谷街道や大笹街道に古い町並みが見事に残されています。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★80
街道沿いを中心に通りによって異なる町並みが広範囲に広がります。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★50
町家・武家屋敷・花街などが混在する町並みが点在しておりゆっくり時間をかけて散策を楽しめます。

須坂は古くから谷街道・大笹街道・山田道が交わる交通の要衝で、中町の辻を中心に江戸期以前から町が形成されていました。
江戸時代には須坂藩堀氏の陣屋が置かれ、陣屋町として発展しましたが、周辺には商人や農人、職人の家が建ち並び、町家・農家・武家屋敷が混在する町並みが広がっていました。

明治時代になると、裏川用水を利用して始まった製糸業が明治後期から大正期にかけて製糸業が最盛期を迎え、須坂は商業都市としてさらに繁栄しました。
この時期、大笹街道周辺には職工たちの住宅が密集し、町を支えました。また、製糸業に関わる商談の場として料亭や置屋が集まった浮世小路が花街として賑わいました。
また、製糸業の発展で得た経済力により、土蔵造りの豪壮な建物や社会資本の整備、私立学校の設立なども進められました。

昭和期に入ると世界恐慌の影響で製糸業は衰退しましたが、当時の建造物群は今も残され、良好な町並み景観を形づくっています。
こうしたことから、須坂の町は2024年(令和6年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。


目次

製糸業で栄えた須坂の町並み


谷街道沿いの町並み


須坂・谷街道の町並み(長野県須坂市)
須坂は、近世から十字に交わる街道に沿って町が形成され、近代以降は製糸業の発展とともに豪壮な建造物群が建ち並び、その町並みが現在まで受け継がれています。

須坂・谷街道の町並み(長野県須坂市)
瓦葺きの切妻造が一般的ですが、妻入と平入が混在しています。外壁は土壁で、白漆喰仕上げや中塗り仕上げなど多様な仕上げがあり、変化に富んでいます。

須坂・谷街道の町並み(長野県須坂市)
街道沿いには、重厚な土蔵造の建築物が軒を連ねています。街道沿いの土蔵造の建物の奥には、土蔵や製糸業関連の付属屋が建てられています。

須坂・谷街道の町並み(長野県須坂市)
須坂ではこういった石積みを多く目にします。石の形が丸く「ぼたもち」のように見えることから、「ぼたもち石」と呼ばれています。自然石の形を生かしつつ、石と石の間を完全に隙間なく密着させる高度な技法であり、職人の熟練した技を要します。 現在では、この石積みを受け継ぐ石工はおらず、須坂が生糸産業で大きく栄えていた当時を偲ばせる貴重なもののひとつとなっています。

本町通り(谷街道・大笹街道)の町並み


須坂・谷街道の町並み(長野県須坂市)
須坂の建造物はバラエティーに富んでいます。細部に目を向けると、出桁で軒を支えるものや、軒先を蛇腹で装飾するものなど、華やかな意匠が施された建物も多く、それぞれの個性から当時の繁栄をうかがうことができます。

旧小田切家住宅
旧小田切家住宅
旧小田切家(通称「西糀屋」)は、糀・油・蚕糸・呉服商などを営んだ豪商で、幕末までは町年寄や須坂藩の御用達を務めていました。現在残る建物の多くは、小田切辰之助(1839〜1904)が明治時代に建てたものです。辰之助は、日本初の製糸結社「東行社」の創立や銀行の設立、水道敷設などに協力し、須坂の発展に大きく貢献しました。

須坂の町並み(長野県須坂市)

花街で栄えた浮世小路


花街で栄えた浮世小路・須坂市
須坂が生糸の町として栄華に酔っていた明治末から大正期にかけて形成された花街。入口に太光楼があるので、太光楼小路とも呼ばれています。

須坂の小路や建物


丸山家(つづき屋)
丸山家(つづき屋)
明治初期に建てられた「うだつ造り」の町家で、旧家・丸山家が「つづき屋」という屋号で建具屋を営んでいました。須坂で製糸業が盛んだった時代には、生糸を巻く糸枠の製造も行っていました。現在は「枠屋」という飲食店として活用されており、様々なレトロなもので装飾されており目を奪われます。

青木屋小路
青木屋小路
青木屋と中屋酒店のあいだにある道は「青木屋小路」と呼ばれています。もとは幅1メートルほどの細い道でしたが、明治20年ごろに現在の幅まで広げられました。製糸の動力が水車から蒸気機械へ変わったことにより石炭が必要になり、その運搬に大八車が使われるようになったため、青木屋と当時製糸業を営んでいた中屋酒店が協力して現在のようにしたようです。

荒井家(旧信陽銀行)
荒井家(旧信陽銀行)
製糸業が盛んだった時代に建てられた「信陽銀行」の跡(明治35年創立)。建物は重厚な造りで明治時代の建築美を集めたものになっています。表玄関は、用水路に沿って築かれており、丸石を2〜3段積み上げた土台の上に、精巧に切り出した石を組み合わせた根巻き石が据えられています。

アクセス


【電車でのアクセス】
長野電鉄長野線、須坂駅より「蔵のまち観光交流センター駐車場」までは徒歩約8分

【車でのアクセス】
下の地図の場所の「蔵のまち観光交流センター駐車場」(無料)を利用できます。





訪問日:2025年7月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、須坂の町並みの町並みについての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


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コメント
裕人 2025/08/26 20:22
信州須坂の蔵の町並みは、重伝建になる前に行きました。車で小布施に行く途中でしたが、舗装も綺麗にされていて、商店も普通にあったり、周辺には駅やスーパーやドラッグストアもあるので住みやすいのではないのかなと思いました。特に豪商の館 田中本家博物館は見応えがありました。

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なおきち(古旅管理人)
2025/08/27 07:09
WEB
須坂の蔵の町並みは街道沿いの豪壮な建造物群もさることながら、町中の至る所に色々な種類のいい感じの建物が残されているのが印象的でした。
今回「豪商の館 田中本家博物館」は見逃してしまいましたが、次回は行ってみます。いい情報ありがとうございます。



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