古旅 日本の古い町並み

三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)


2026年7月5日  古い町並み , 和歌山県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★70

町並み保存度
★★★★★
★★★★★70
狭く入り組んだ路地に古い家々が見事に残されています。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★70
小さな漁港のように見えますが、路地を歩くと奥深くかなり大きな集落であることがわかります。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★70
三尾地区の独特の歴史を感ることができるカナダミュージアム(野田邸)だけでなく、入り組んだ路地に漁村らしい素朴な家並みが残る景観は他にない魅力があります。

和歌山県美浜町三尾は、「アメリカ村」の愛称で知られる港町です。明治時代から多くの人々がカナダ(現在のブリティッシュコロンビア州・スティーブストン)へ移住し、日本有数の移民の村として発展しました。

江戸時代には漁業で栄えましたが、耕地が少なく、江戸時代末期から明治時代初期にかけて漁場争いなどの影響で生活は苦しくなりました。こうした状況から、1889年(明治22年)に三尾からカナダへの集団移民が始まります。
その後移民の数は増え、1940年(昭和15年)頃には2000余人に達し、カナダの日系移民社会の一大勢力となりました。
移民たちは現地で漁業や林業に従事し、故郷へ送金を続けたことで、三尾は豊かな村へと発展しました。また、帰国した人々はカナダの暮らしを取り入れ、ロッジ風の住宅を建てるなど、町並みにも異国情緒が加わりました。このことから、三尾は「アメリカ村」と呼ばれるようになりました。

現在でも三尾にゆかりのある日系カナダ人は約5,000人いるとされ、交流が続けられています。近年は空き家も増えていますが、独特の景観は、ほかにはない町の魅力となっています。


目次

「アメリカ村」の愛称で知られる港町、美浜町三尾


三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
美浜町の港町、三尾は明治時代から多くの人々がカナダ(現在のブリティッシュコロンビア州・スティーブストン)へ移住したことで知られています。

三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
移民たちは現地で漁業や林業に従事し、故郷へ送金を続けたことで、三尾は豊かな村へと発展しました。

三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
帰国した人々はカナダの暮らしを取り入れ、ロッジ風の住宅を建てるなど、町並みにも異国情緒が加わりました。このことから、三尾は「アメリカ村」と呼ばれるようになりました。

三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
小さな漁港のように見えますが、路地を歩くと奥深くかなり大きな集落であることがわかります。

三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
入り組んだ路地に漁村らしい素朴な家並みが残る景観は他にない魅力があります。

アメリカ村(和歌山県美浜町三尾)

カナダミュージアム


カナダ館|三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
カナダミュージアムは、「アメリカ村」として知られる美浜町三尾の移民の歴史を伝える資料館です。カナダへの移民が帰国後に建てた洋風住宅を活用しており、館内では移民たちの暮らしや文化、カナダでの足跡、そして三尾にもたらした異文化交流の歴史を紹介しています。館内にはカフェも併設されており、見学とあわせてゆっくりと過ごすことができます。入館料:150円 (コーヒー100円割引券付き)

龍王神社とアコウの巨樹


龍王神社|三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
アコウの巨樹で知られる集落内の丘の上にある龍王神社。静かな森の中にあり波の音だけが聞こえる境内は神秘的な雰囲気に包まれています。

アコウ|三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
美浜町三尾の龍王神社の境内の大部分を占めるこのアコウは、推定樹齢約400年、根回り約10メートルを誇る巨樹で、和歌山県の天然記念物に指定されています。このアコウには、「三尾へ上陸しようとした龍王を救うため、人が龍となった」という伝説も伝えられており、神秘的な雰囲気に包まれています。

アクセス


【電車でのアクセス】
JRきのくに線 御坊駅から熊野御坊南海バス「日の岬パーク線(海猫島方面)」に乗車し、「アメリカ村」バス停で下車します。所要時間は約20分です。バス停からカナダミュージアムまでは徒歩約3分です。
※バスの本数が少ないため、お出かけ前に時刻表をご確認ください。

【車でのアクセス】
御坊インターチェンジから約20分
下の地図の場所のカナダミュージアム駐車場(無料)を利用できます。



訪問日:2025年5月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、三尾のアメリカ村の町並みについての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


コメント
裕人 2026/07/11 07:20
最近ですがここの話はテレビでも見た覚えがあります。工野儀兵衛という人物が出稼ぎのために妻子を残し単身カナダへ渡ってこの出来事を皮切りに、明治中期から大正にかけて、三尾の住民が次々とカナダへ行ったらしいですね。そのあと帰ってきた方も結構いるようでこのようなアメリカ村となったようですがカナダなのにアメリカ村というのは昔な感じがしますよね。
また、三尾ではこの大正末期〜昭和10年頃にかけて送金による蓄財を背景に新築・増改築が盛んに行われたようですので、漁村として風変わりな家屋が誕生したんでしょうね。私が行った時もカナダミュージアムに外国人の方が来ていましたが、そこまで知られているのかなと不思議な感じがしました。

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なおきち(古旅管理人)
2026/07/11 17:59
WEB
当時、単身でカナダに渡るのは、大変な勇気が要ったことだと思います。確かに、カナダなのにアメリカ村というのは昔の感覚かもしれませんね。私が子供のころも「外国=アメリカ」と思っていました。
あと、移民というと行ったきり永住するイメージでしたが、外国で稼いでそのあと帰国された方々がいたのは意外でした。
現在は町おこしもされているようですが、住んでいるかたも少なくなっているようで、そこが気がかりでした。この風景が少しでも長く見られるといいのですが。



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