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奥津宿の町並み(三重県津市)


2026年10月20日
古い町並み , 三重県

【町並み感動度】
★★★★★
★★★★★70

町並み保存度
★★★★★
★★★★★70
かつての旅籠の名残を残す建物が街道沿いに多く残されています。
町並みの規模
★★★★★
★★★★★80
街道沿いの町並みは広範囲で、奥津郵便局のあたりから街道沿いに谷口常夜灯のあたりまで約1.5kmに渡って古い町並みが見られます。
観光魅力度
★★★★★
★★★★★60
ほとんど車通りもなく自然豊かで静かな環境の中、かつて栄えた面影を感じながら街道歩きを楽しめます。「観光案内交流施設 ひだまり」では土産物や美味しいお弁当なども購入できます。

奥津宿は、伊勢神宮への参詣道として多くの旅人が行き交った伊勢本街道沿いの宿場町です。

南北朝時代には北畠氏が伊勢国を治め、この地域もその勢力圏にありました。
江戸時代には紀州藩松坂城代となり、奥津村は伊勢本街道沿いの宿場町として発展した他、薪や葉タバコの生産も盛んに行われるようになりました。

伊勢や紀伊方面から人や物資が集まる交易の場であった奥津ですが、1935年(昭和10年)に伊勢奥津駅が開設されると駅では木材の積み出しも行われるなど地域の交通や商業の拠点となり、町には商店が並ぶなど大変栄えました。

現在も、伊勢奥津駅周辺には格子戸のある古い家並みや、旅籠の面影を残す建物、道標、常夜燈などが残されています。軒先に掛けられた暖簾が町並みに彩りを添え、かつて伊勢参りの旅人を迎えた宿場町の歴史を伝えています。


目次

伊勢本街道沿いの宿場町として栄えた奥津宿の町並み


奥津のシンボル的存在、ぬしや(旧・万屋)


ぬしや(旧・万屋)|奥津宿の町並み(三重県津市)
江戸時代の旅籠を思わせる趣あるたたずまいを残す「ぬしや」は、明治から昭和にかけては「万屋」として、塩やたばこをはじめ、地域の人々の暮らしに欠かせない品々を販売していました。

ぬしや(旧・万屋)|奥津宿の町並み(三重県津市)
日本の漆塗りの発祥の地といわれている奈良吉野地方より職人扇本が分家として奥津の地で塗師屋をはじめたことから屋号が「ぬしや」となっています。看板は大正時代のものです。

昔の屋号を記した暖簾を掛けた家々


奥津宿の町並み(三重県津市)
各家々の軒先に昔の屋号を記した暖簾を掛けて町おこしが行われており、街道の雰囲気を盛り立てています。

奥津宿の町並み(三重県津市)
かつては山中屋や兜屋、尾張屋などの旅籠が軒を連ね、宿場町としてにぎわいました。

奥津宿の町並み(三重県津市)

多くの旅人が行き交った伊勢本街道


奥津宿の町並み(三重県津市)
奥津宿は、伊勢神宮への参詣道として多くの旅人が行き交った伊勢本街道沿いの宿場町です。

奥津宿の町並み(三重県津市)
1935年(昭和10年)に伊勢奥津駅が開設されると駅では木材の積み出しも行われるなど地域の交通や商業の拠点となり、町には商店が並ぶなど大変栄えました。

奥津宿の町並み(三重県津市)
街道を行き交う旅人を迎える宿場町であるとともに、伊勢や紀伊方面から人や物資が集まる交易の場でもありました。

奥津宿の町並み(三重県津市)
軒先に掛けられた暖簾が町並みに彩りを添え、かつて伊勢参りの旅人を迎えた宿場町の歴史を伝えています。

奥津宿の町並み(三重県津市)
奥津の街道沿いの町並みは広範囲で約1.5kmに渡って古い町並みが見られます。

奥津宿の町並み(三重県津市)
ほとんど車通りもなく自然豊かで静かな環境の中、かつて栄えた面影を感じながら街道歩きを楽しめます。

アクセス


【電車・バスでのアクセス】
JR名松線、伊勢奥津駅から「ぬしや」まで徒歩約2分

【車でのアクセス】
下の地図の場所の「津市伊勢奥津駅前観光案内交流施設 ひだまり」前の駐車場(無料)を利用できます。





訪問日:2026年10月




最後まで見ていただきありがとうございます。
ご感想や、奥津宿の町並み(三重県津市)についての思い出、これから出かけられる方に役立つ情報等ございましたら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


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