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古い町並み
古い町並み

大平街道・大平宿(長野県飯田市)
大平宿は、伊那谷と中山道・妻籠宿を結ぶ「大平街道」の宿場として栄えた山あいの集落です。宿場は標高約1150メートルの大平高原に築かれ、街道を行き交う旅人や元善光寺参りの参拝者でにぎわい、最盛期には70戸を超える家々が立ち並び、活気を見せていました。しかし、時代の変化から大平宿は宿場としての役目を終えましたが、有志の方の努力によって当時の家々が保たれています。
上田市柳町の町並み(長野県上田市)
上田市柳町の町並みは江戸時代には北国街道の上田宿として栄え、参勤交代や善光寺詣、戸隠詣、さらに佐渡金山から江戸へ金を運ぶ重要な街道の一つでした。現在も旧北国街道沿いには、築100年を超える長屋や商家が残り、白い土塀や格子戸、杉玉を掲げた造り酒屋など、昔ながらの風情を感じる町並みが続いています。
府中・石州街道の町並み(広島県府中市)
府中は、古くから備後国府が置かれた政治・経済の中心地で、石見と備後を結ぶ石州街道の要地として発展してきました。府中の街道沿いには、江戸時代初期に形成された町並みが今も残り、恋しき(登録有形文化財)などの歴史的建造物を通して、往時の面影を感じることができます。
落合宿(岐阜県中津川市)
落合宿は、中山道44番目の宿場で、馬籠宿と中津川宿の間に位置します。宿場は比較的コンパクトながら、町の中央付近には本陣と脇本陣が向かい合って配置され、宿場の機能が凝縮された造りとなっていました。現在は古い建物こそ多くは残っていないものの、山あいの街道らしい落ち着いた雰囲気が漂います。岐阜県内で唯一現存する本陣建築も見どころの一つです。
大湫宿の町並み(岐阜県瑞浪市)
大湫宿は、中山道47番目の宿場町で、1604年(慶長9年)に新たな宿場として設けられました。周囲には急坂が続き、江戸時代には旅人や人馬にとって難所とされた峠の宿でした。現在も大湫宿には、格子戸や塗込め壁の民家が残り、江戸時代の旅籠町らしい風情が感じられます。
渋温泉の町並み(長野県山ノ内町)
湯田中渋温泉郷にある渋温泉の歴史は古く開湯は約1300年前、行基による発見と伝えられています。渋温泉の石畳が続く温泉街はどこか懐かしい風情に包まれており、昔ながらの湯治場の雰囲気を味わえるのが渋温泉ならではの魅力です。
小布施の町並み(長野県小布施町)
小布施町は千曲川の舟運によって北信濃の商業交易の中心地として栄え、豪農や豪商が多く生まれました。 中でも北信濃屈指の豪農商であった高井鴻山 は、葛飾北斎や佐久間象山、小林一茶ら一流の文人を招き、文化交流の場を築きました。小布施ではこうした歴史的遺産を生かした町づくりが進められ、蔵や古い商家が残る美しい町並みにショップや飲食店が立ち並ぶ人気の観光地となっています。
中津川宿(岐阜県中津川市)
中津川宿は、江戸日本橋から数えて45番目、中山道では木曽谷の入口にあたる主要な宿場町として栄えました。宿場には、本陣や脇本陣をはじめ、問屋や旅籠、商家が立ち並び、本町には火災に備えた用水路が街道の中央を流れていました。現在も町並みには宿場の面影が残されており散策を楽しめます。
秩父の町並み(埼玉県秩父市)
秩父市街地は門前町、市場町、宿場町の性格をあわせ持つ町で、忍藩領の時代には陣屋も置かれていました。明治中期から昭和初期にかけては「秩父銘仙」として秩父の絹織物が全国的な人気を集めました。この時代に建てられた建物は、現在もカフェや飲食店、資料館などに活用され、往時の面影を残す町並みを楽しむことができます。
草津温泉(群馬県草津町)
草津温泉は、日本武尊の発見伝説や奈良時代の行基による開湯説が伝わる、約1800年の歴史を持つ温泉地です。温泉街の中心には、草津温泉を象徴する源泉「湯畑(ゆばたけ)」があります。湯畑を中心に広がる温泉街には、古風な日本情緒あふれる町並みが残り、散策しながら草津ならではの風景を楽しめます。
小諸宿の町並み(長野県小諸市)
小諸は、小諸城を中心に発展した城下町で、江戸時代には宿場町「小諸宿」として栄え、1670年(寛文10年)には357軒の家屋が軒を連ねるなど、大いににぎわいました。明治時代商業が発展し、旧北国街道沿いには、問屋のほか、味噌・醤油や酒の醸造所が立ち並び、商都として繁栄しました。
西条酒蔵通り(広島県東広島市)
安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、西国街道として整備された通りで、宿場町「四日市宿」の中心として栄えました。明治時代以降は酒造りが盛んになり、西条は全国有数の銘醸地となりました。現在も7つの酒蔵が集まり、白壁の蔵や赤レンガの煙突が並ぶ魅力的な景観をつくり出しています。
八塔寺ふるさと村(岡山県備前市)
標高約400メートルの台地にある八塔寺ふるさと村は、かつて山岳仏教の道場として栄えた、歴史ある集落です。現在は、茅葺き屋根の民家や段々畑、水車小屋などが点在し、のどかな農村風景が広がっています。日本の原風景ともいえる昔ながらの景観が、今も大切に守られています。
明日香村の町並み(奈良県明日香村)
592年から710年に平城京へ遷都されるまでの飛鳥時代、この地には歴代天皇の宮が置かれ、日本の政治と文化の中心として栄えました。現在も、約1400年前の飛鳥時代の遺跡が点在するのどかな田園風景の中に、大和棟の民家や江戸・明治期の町家が残り、歴史的な景観が大切に守られています。
新見御殿町の町並み(岡山県新見市)
新見の町は、江戸時代の1697年(元禄10年)、津山から移封された新見藩初代藩主・関長治によって築かれ5万石の城下町として栄え、新見藩関家は、その後明治維新まで9代にわたり続きました。現在も新見の町には当時の面影を感じさせる町屋が多く残されています。
街道東城路の町並み(広島県庄原市)
東城は、岡山県新見へ向かう備中新見路と、福山へ向かう東城路が交差する場所に発展した城下町で、宿場町としてもにぎわい、中国地方各地から街道が集まる交通の要衝でもありました。現在も、東城には江戸時代や明治の建築が残り、往時の面影を色濃く伝えています。
白市の町並み(広島県東広島市)
戦国時代に白市城が築かれたことをきっかけに発展した白市は、交通の要衝であったことから、江戸時代には藩内最大規模の牛馬市が開かれるなど大変栄ました。町には酒造業や瀬戸内海沿岸の塩田を営む豪商も現れ、幕末頃からは鋳物業も盛んになりました。現在は静かな白市ですが、当時の繁栄を伝える町並みが残されています。
天領上下白壁の町並み(広島県府中市)
上下は、「石見銀山」から産出された銀を尾道や笠岡の港へ運ぶ「銀山街道(石州街道)」の重要な宿場町・中継地となりました。幕府直轄の天領となった上下は、最盛期には町に33軒もの金融業者が軒を連ね、やがて酒や醤油などの醸造業をはじめ大いに繁栄しました。
神辺の町並み(広島県福山市)
山陽道・石州銀山道・笠岡道の三つの街道が交差する交通の要衝であった神辺は備後福山藩の宿場町として繁栄しました。現在においても、神辺の街道沿いには、本陣跡や白壁の町並みなどが残り、往時の面影を今に伝えています。
佐久島の町並み(愛知県西尾市)
佐久島は、伊勢・志摩と関東を結ぶ海上交通の要衝に位置し、江戸時代には各地を行き交う海運によって大いに栄えました。東西二つの港を中心に広がる町には潮風から家を守るため外壁にコールタールを塗った黒い民家が立ち並び、独特の景観を形成しています。
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